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星を奪う男

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「陛下! 封印が!」
 泡を食って駆けこんできた神官を護衛の兵に任せ、立派な風貌の男は真面目な顔で立ち上がった。後ろに流した髪も、瞳も、たくわえた髭もみな純粋な金色をしている。
 …華美に過ぎるということはないが、「陛下」と呼ばれた男が座すにふさわしい、隅々まで行き届いたその建物。磨き上げられた回廊を、男は静かな、しかし厳かな顔で歩いていく。足取りに迷いはない。
「…陛下、姫が…!」
 いくつもの角を曲がり、地下へ地下へと降りてきた。白が基調となっていた建物はいつしか黒く、暗くなっていき、出迎えた兵士が男を振り向く頃にはほとんど光もなかった。
「…エドが、」
 それまで何事にも動じていないように見えた男の瞳が、兵士の投げかけた一言に初めて微かな揺らぎを見せた。しかし、ぐっと拳を握ると、男は兵士たちが遠巻きにするその中心、すなわち王宮の最下層部へと足を向ける。駆けだすようなことはなかったが、速度にまどいがのぞくこともなかった。
 金色の目は闇の中でまるでそれが唯一の光源であるかのように炯々と輝いている。
 やがて、男はたったひとり、そこへたどり着いた。
 がらんとした暗い空間。そこには七つの柱状の光が天井へ向けて昇っていた――はずだった。かつては、いや、恐らくは昨日までは。
 今そこには何もない。いや。たったひとつ、部屋の中央で倒れている小さな子供以外には何もないというべきだろう。
「…エド!」
 男は目を瞠り、初めて焦りを見せた。そのまま子供に駆け寄り、…かけて、息をのむ。想像はしていたが、これはその中でも最悪の部類。
 子供を中心にして、床には赤く複雑な紋様が浮かび上がっている。鈍い光の明滅を繰り返すそれは、円を基本にして幾何学模様といくつもの暗喩に満ちた言葉でもって構成されている。
 美しくも、恐ろしい陣――そう、練成陣。
「あれえ、王様。遅かったじゃないの」
 躊躇をかき消し、男がその陣の中へ足を踏み入れかけた、その瞬間だった。
 暗い、誰もいないはずの部屋のどこかから、からかうような、若々しい声がかけられたのは。
「…その声は、…エンヴィーか」
 男は両手をだらりと体の脇に垂らし、声がした方を振り向く。姿は見えない。しかし、青年めいた声の語尾にかかる忍び笑いが複数人数分あることに気付いていた。いや、いなくてはならないはずなのだ。そして、ここにまだ全員が残っているのなら、まだ手の打ちようはある。
 そしてそれは、陛下と、王様と呼ばれる男の責務でもある。
「そ。あんたのお姫様は優秀だ。実に優秀だ。あんたの血を、いや、王家の血を濃く継いでるね」
「…………減らず口を叩いていないで、もう一度封印されてくれないかな」
 男は淡々と返した。相手の調子に乗るのは愚か者のすることだ。まして、「この相手」に。
「冗談! やーっと自由になれたんだよ? そんなの、飲むわけないじゃなぁい」
 男は答えず、興味のないそぶりで陣の中へと足を踏み入れた。彼の歩みが、陣を乱し、消していく。光は既に失われていた。
 そして、服を赤黒く染めて倒れ伏す子供を抱え上げる。だらりと体の脇に垂れた腕は、一本しかなかった。
「……」
 顔色は恐ろしく悪く、かろうじてまだ息はあるが、放っておけば失血死してもおかしくない。男は子供を抱え上げたまま、…自分と同じ色彩の髪と瞳をもつ子供を抱いたまま、陣を出る。そのまま部屋を出て行こうとする背中に未練はなく、さきほどまで交渉のまねごとをしようとしていたのが嘘のようだった。
「…ちょっと、何無視してんだよ」
 さすがにその背中に批難が飛ぶ。そこでようやく、男は振り返った。
 淡々とした表情は変わらなかったが、わずかに厭味がのぞく。交渉は焦った方が負けだ。その観点でいうなら、エンヴィーは下手を打った。しかし、親切に教えてやる必要はない。
「自由になれたんだろう? だったら俺が来るまでここに待っている理由がない」
 威勢の良かった声が途切れて、唸り声に変わる。
 …そこで、どうやら代表が変わったらしい。
「あなたの考える通りですよ。ホーエンハイム」
 次に響いた声は、子供の声にしか聞こえなかった。しかし落ち着きで言うのなら、最初に声をかけてきた青年よりもずっと落ち着きがあり、油断ならない雰囲気を声だけでも十分に伝えてきた。
「我々の封印は完全に解かれたわけではない…、というよりも、もう一度封じられた。完璧にとはいかなかったようですが」
「…どういうことだ。プライド?」
「あなたの娘さんは天才だということです。一度は解いた封印を、不完全とはいえもう一度我々にかけた。…だが、こうして自由になれたわけですから、我々もそうですかと封じられるつもりはないんですよ、ホーエンハイム王」
 王であり父である男は、感情を消した瞳を闇へと向ける。そこには確かに人に似た何かの気配が複数ある。
「取引をしませんか、ホーエンハイム」
 余裕のある声は、プライドという相手の自信の表れだろう。ホーエンハイムは答えない。
「我々を解放しなさい。見返りは、そう…、あなたの大事な娘さんの魂をこちらへ呼び戻す手助け、なんて、どうでしょうか?」
「…魂、だと…?」
 ええ、と澄ました声が続く。
「腕だけで足りると思いますか。真理はそんなに甘くはない。…我々を使えば、ホーエンハイム、あなたなら簡単なはずだ。どうです。悪い話ではないでしょう」
「……人体練成をしろと?」
「人体ではない。魂だ。精神と肉体と魂のうちの、魂。肉体ではない」
「詭弁だな。…大体、おまえたちを信じられると思うのか?」
「信じる他に手立てがありますか? …可愛らしい娘さんだ。将来はきっと美人になるでしょう。…魂のない、人形がお望みでしたらそれも結構ですが、どうしますか?」
「…さすが、汚いな」
「優しいでしょう?」
 優勢を信じて疑わない声に、国王は眉をしかめて奥歯をすりあわせた。腕の中には、亡き妻から託された娘がいる。
「…答えは、――」

 錬金術という科学技術の高度に発達したクセルクセス王国。その直系の王には娘と息子がそれぞれおり、いずれも将来を嘱望される、幼いながらも才長けた子供達だった。しかし、その日王女の早すぎる死が国内外に知らされた。突然のことだった。塔から落ちたのだという幼い王女の亡骸は誰も見ないままにそっと棺に納められた。
 ――というのが、内外に知られた話。
 王宮の一画、白い高い塔に名を忘れられた姫君がひっそりと暮しているということを、知る者はほとんどいない。
 国王が封印されていたものたちどういう取引をしたのかも。


***

 ――圧政を敷く暴虐の王から独立し、新しい国を作った時、そこには意外な、しかし深刻な問題があった。

「女不足」

 その国の人口はおよそ九割以上が男性であり、女性はどんな高価な財宝よりなお貴重な存在だったのだ。
 だがそんなことでは国がたちゆかない。女性がいなければ人口は増えず、人がいなければ国はやがて滅びる。女性蔑視とかそういった問題ではない。もう、事態はそういう次元で語れる問題ではなかった。極端に少ない女性を巡るトラブルは多岐に渡り、結婚詐欺、決闘、殺人事件等枚挙に暇がない。
作品名:星を奪う男 作家名:スサ