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NAMELESS OPERA

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「よく、すぐ、俺だって解かったな」

 二階に続く階段に足を掛けたところでアレンは問いかけられた。

 カインは自分が行った謁見のことなど、忘れ去ったような口調だった。

「―――巡礼姿だと聞いてたからさ。街道は一本道だし、見過ごすことはありえなかった。先回りされた分、必死になって探して追いかけたしね」

 冗談めかしてそう話しながら、たとえ何も聞いていなくても、自分には必ず見つけられたとアレンは確信していた。

 彼に対する、「宝石のような」という周囲の形容は、昔も今もアレンには気に入らないものだった。
 あまりにも、人間性というものを無視した、外見を鑑賞の対象としてしか見做してない者の意見だ。

 美しい衣裳で、多勢の近侍に宝物のように傅(かしず)かれていた彼を、昨日のことのように覚えている。
 その整いすぎた幼い顔は、これまで一度も笑ったことが無いように思われた。
 あれほどの人数に囲まれながら、孤独にただ一人、どこか遥か遠くを見つめる目は、幼いアレンの心も刻み付けられていたのだった。

”何とかしてあの子の傍に行こう。”
”どうやったら笑ってもらえるだろう。”

 だが、笑顔を得ようとしたその結果は、惨憺たるものだった。

 なお、そうであったにも拘らず、サマルトリア側からは何一つ苦情も出ず、自責の念に駆られたアレンが、父に正直に話しても叱責すらなされなかった。

 この六年の歳月が互いを成長させていたが、その精神だけで形づくられたような顔立ちは、どんなに無数の人間の中にあっても、けして見間違うものではなかった。




 宿としての施設は、気持ちの良いものだった。

 アレンは前回ここに立ち寄ったときにそう印象づけていた。

 あれから十日足らずの間に何もかもが様変わりをしている。
 質素だが充実していた衣裳箪笥等の調度は全て消え、狭い部屋の何もない壁に接して、使用人が使うような粗末な寝台が複数増やされて設置してあった。
 テーブルも椅子も無く、宿泊客は寝台に腰掛ける他ないようだった。

 背後で、階段を急いで駆け上がる軽い足音が聞こえ、宿の娘が姿を見せた。

「申し訳ありません。こんなものしかご用意できなくて」

 頼んだ覚えのない食事が、エルシィの抱えた大きなバスケットに入れられていた。
 雑穀パンが一斤、ミルクだけで練られた固いビスケットが少し、ハムが半ポンド、酸味が強い葡萄酒が一瓶。

 旅慣れたアレンには一目で、この宿には贅沢すぎると判るものだった。

 差し出された品の半分は辞去しようとすると、彼女は今にも泣き出しそうになった。
「父に叱られてしまいます!―――」

 半ば押し付けられたような形でアレンは受け取り、少女は来たときと同じように、慌しく駆け去って行った。

「いいじゃないか、せっかくだから貰っておけば」

 カインは正面の寝台に腰掛けたまま、遣り取りを見守っていたが、前回アレンがこの宿を快適だったと評価する理由が解かったような気がした。
 アレンを観ているだけで、退屈せずに済むかもしれなさそうだった。




 リリザから距離を置くに従い、魔物との遭遇の頻度は跳ね上がった。

 カインの携帯した細身の剣が、けして護身や飾りでないことに、アレンは目を見張った。
 速さと正確さは比類のないものであり、標的としては小さいが、襲われると致命傷を受ける恐れのある毒蛇や、自在に飛行する魔物に対する攻撃は、賛嘆に値するものだった。

「魔法が使えるって聞いてたけど、剣の腕も凄いじゃないか!」

 剣に付着した血糊を振り払うカインの手が思わず止まる。

「驚くほどのものかよ」

「でも凄いよ。針の穴を通すように扱うなんて、とても簡単になんてできるはずがない!」

「でかいと手に負えないだけだから」

 膂力が無いことは、目の背けようがない事実だった。
 新任の騎士が最初に与えられるという長剣ですら、自分の手に余ることを、忸怩たる思いで噛み締めていた。

 その自分がこうも真正面から賞賛されることがあるなどと、想像したことも無かった。
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