ハロー、スイート。
ハロー、スイート。
平和島静雄は、甘いものが好きだ。
残念ながら、マジだ。
そりゃお前そのガタイとその迫力ある目つきで甘いものが好きとか、似合わないにも程があるだろ、と自分でも自覚はしている。学校の備品を破壊し、公共物を遠慮なくぶっ壊し、ダンプに轢かれてもピンピンしている怪物が、甘いもの好きだとかどの口が言いやがる。自分でもそう思うのだから周囲だって勿論そう思うだろう。だが純然たる事実として、平和島静雄は甘いものが、ごく控えめに言っても大好きである。
中学のときなどは、やはりそれに付加するイメージの問題などに頭を悩ませたりもしたのだが、高校に入った今現在、そういうものに頭を使うことを綺麗さっぱりやめてみた。好きなものは好きだ、何が悪い。開きなおれば人生楽になる。そんなわけで今現在、平和島静雄は正々堂々と甘いものが好きなのだった。
笑うんじゃねえ、大マジだ。
「笑ってないよ、僕も好きだよ、甘いもの」
さて、ここで問題になってくるのが、目の前でにこにこ笑っている小さい先輩である。先輩相手に小さいとか形容詞をつけるのは失礼だと分かっているので口にしたことは無いが、静雄のその先輩に対する印象と言うのは概ね「小さい」「軽い」「柔らかい」あたりだ。
残念ながら男だ。
可愛くても男だ。
「あの、竜ヶ峰先輩」
だから決して本来、ファミレスで向かい合って座って二人きりと言うこの状況で、ドキドキしたりはしないはずなのだ。おかしい。
「何でこんなことになってるんスか、今・・・!」
静雄が得体の知れないむず痒さと、勝手にリズムを早める心臓に悪戦苦闘しながらもそう尋ねれば、竜ヶ峰帝人はえー?と心底不思議そうに首を傾げる。
「え、だって、食べたかったんだよね、ハロウィン限定パンプキンパイとパンプキンプリンのスペシャルセット」
・・・確かに。
ものすごく食べたかった、食べたかったとも。
店頭のメニューを見てものすごく迷って、しかし一人でファミレスに入って一人でそれを注文する勇気が出ずに見送ろうとしたそのとき、静雄の手を取って強引にファミレスに引きずり込んだのが帝人だった。ワケがわからないまま向かいに座らされ、いつの間にかスペシャルセット二つ!と元気に注文までされ、今はその甘いものが出てくるのを待っている。
確かに、平和島静雄は甘いものが大好きだ。
マジだ。胸を張ってやる。
だがしかし、だからと言って知人の前でその甘いものをバクバク食べて俺は甘いものが好きだーなんて吹聴するようなアホらしいことは決して、しない。したがって、帝人がそれを知っているということがまず驚愕。さらにはファミレスに自分と二人で入ってくれる存在に驚愕。加えて男同士でハロウィンスイーツスペシャルセットなんていう、明らかに女性ターゲットであろうデザートセットを堂々と二人分注文するこの先輩に驚愕。心臓はどこで落ち着けばいいんだ。
「あれ・・・?もしかして、迷惑だった?ごめん、なんか僕余り考えずに行動しちゃったかも・・・」
「いえ!迷惑では、全然、ただあの・・・」
静雄の長い沈黙に、表情を曇らせて帝人が謝罪を口にする。それを慌ててさえぎりながら、静雄は考えた。何で自分はこんなにあせっているんだ。何でこんなに落ち着かないんだ。
「ちょっと、びっくりして」
素直にそこまで言って、いやお前そういうキャラじゃねえだろと自分に突っ込みを入れる。この先輩には出会ったその瞬間からリズムを狂わされっぱなしで、混乱することが多かった。もしかしてこの人、怪電波でも出してるんじゃなかろうか。他人の平静を乱すなんて凶悪だろ。でもそれが、案外心地いいから困る。
そんな風に思う静雄に向けて、帝人はにっこりと微笑んで見せた。その顔だ、それを見せられると静雄は体温が2・3度上がってしまうのだ。今も熱を持つ頬を必死で押さえ、俯きかけたところで、耳が声を拾った。
「平和島君は甘いものが好きだって臨也君に聞いたから、いつか一緒に食べに行こうとは思ってたんだよ。でも今日ファミレスの前で迷ってる平和島君を見つけたら、今しかない!って思っちゃって」
「は!?」
いやちょっと待て!
「なんスか、それ!」
ダンッ!と両手をついたテーブルがミシッと音を立てた。慌てたように平和島君!?と叫んだ帝人の声にはっと我に返るが、しかし先ほどの言葉はいただけない、決していただいてはいけない。
「あ、ごめんね、なんか詮索するような真似して・・・。自分の知らないところで自分の話題が出た話なんて、」
「それはいい!っつか、なんで・・・」
ああもう頭が真っ白になりそうだ。平和島静雄は暴力が嫌いだけれども、その名前だけは許せない。そいつだけはだめだ、折原臨也だけは。
「何で臨也の野郎・・・!」
「・・・ご、ごめん、本当に犬猿なんだね。臨也君の方から平和島君の話題振って来たから、実はそうでもないのかと思ってた」
「別にそれはどうでもいい!ってか、そんなことより竜ヶ峰先輩!」
もう一度テーブルに手を着こうとしてやめる。今度叩いたらバッキバキに割れるだろうから自重だ。押さえろ自分。
「なんで臨也の野郎は臨也君で、俺は平和島君なんスか!」
「え?」
そこ?
きょとんと目を見開く帝人に、そこ以外に何があるのか、と静雄はぎりぎりと歯軋りした。っつかなんであの野郎いつの間にか先輩と親しくなってんだ、と怒りが沸き立つ。あのいけ好かない男のことだ、どうせその話題だって、『シズちゃんってばあんな図体してあんなバケモノの癖に甘いもの大好きなんだって、キモイよねー☆』とかそういうノリで言ったに違いない、自信ある、あいつ殺す。マジ殺すぶっ殺す絞め殺すねじり殺す。
静雄がそんな怒りで我を忘れそうになったそのときだ。
「静雄君」
その一言が耳に入って、ただそれだけで沸騰寸前だった怒りが凪いだ。代わりに、自分の言ったことがまるで駄々をこねる子供のような言い分だったことに気づき、羞恥とわけの分からないもどかしさで頬が熱を持つ。ユデダコみたいに染まる静雄をにこやかに見詰め、帝人はあはは、と小さく笑って。
「なんか、言い慣れないと恥ずかしいね。静雄君がいいなら、こっちで呼ぶけど」
「は、はい!」
「あと僕も、竜ヶ峰って長いでしょ。帝人でいいよ?」
みかど。
言われた意味を理解して、静雄はそれこそさらに驚愕した。帝人先輩。実はずっとそう呼びたかったのだが、いきなり名前呼びになるのもどうかと思って躊躇って、結局竜ヶ峰先輩と呼んでいた。だがしかし、本人がいいよと言うのだからチャンスだ。って言うか何のチャンスだ!?さっきから乱れに乱れる自分の思考回路についていけず、静雄は必死に空気を吸い込み、そして吐いた。
落ち着け、落ち着くんだ平和島静雄。
「み、みか・・・」
「お待たせしました!ハロウィンスイーツスペシャルセットでーす!」
あ、今フラグ折れた。ボキッと。
「わ、パンプキンパイ大きい!おいしそう・・・!」
沈みかけた気分さえ、目の前で先輩が嬉しそうに目を輝かせるだけで浮上するんだからどうしようもない。何なんだ最近の俺は、と静雄は自問自答する。本気で、この先輩は何かの磁場を出してるんじゃなかろうか。何かとんでもない磁場を。
平和島静雄は、甘いものが好きだ。
残念ながら、マジだ。
そりゃお前そのガタイとその迫力ある目つきで甘いものが好きとか、似合わないにも程があるだろ、と自分でも自覚はしている。学校の備品を破壊し、公共物を遠慮なくぶっ壊し、ダンプに轢かれてもピンピンしている怪物が、甘いもの好きだとかどの口が言いやがる。自分でもそう思うのだから周囲だって勿論そう思うだろう。だが純然たる事実として、平和島静雄は甘いものが、ごく控えめに言っても大好きである。
中学のときなどは、やはりそれに付加するイメージの問題などに頭を悩ませたりもしたのだが、高校に入った今現在、そういうものに頭を使うことを綺麗さっぱりやめてみた。好きなものは好きだ、何が悪い。開きなおれば人生楽になる。そんなわけで今現在、平和島静雄は正々堂々と甘いものが好きなのだった。
笑うんじゃねえ、大マジだ。
「笑ってないよ、僕も好きだよ、甘いもの」
さて、ここで問題になってくるのが、目の前でにこにこ笑っている小さい先輩である。先輩相手に小さいとか形容詞をつけるのは失礼だと分かっているので口にしたことは無いが、静雄のその先輩に対する印象と言うのは概ね「小さい」「軽い」「柔らかい」あたりだ。
残念ながら男だ。
可愛くても男だ。
「あの、竜ヶ峰先輩」
だから決して本来、ファミレスで向かい合って座って二人きりと言うこの状況で、ドキドキしたりはしないはずなのだ。おかしい。
「何でこんなことになってるんスか、今・・・!」
静雄が得体の知れないむず痒さと、勝手にリズムを早める心臓に悪戦苦闘しながらもそう尋ねれば、竜ヶ峰帝人はえー?と心底不思議そうに首を傾げる。
「え、だって、食べたかったんだよね、ハロウィン限定パンプキンパイとパンプキンプリンのスペシャルセット」
・・・確かに。
ものすごく食べたかった、食べたかったとも。
店頭のメニューを見てものすごく迷って、しかし一人でファミレスに入って一人でそれを注文する勇気が出ずに見送ろうとしたそのとき、静雄の手を取って強引にファミレスに引きずり込んだのが帝人だった。ワケがわからないまま向かいに座らされ、いつの間にかスペシャルセット二つ!と元気に注文までされ、今はその甘いものが出てくるのを待っている。
確かに、平和島静雄は甘いものが大好きだ。
マジだ。胸を張ってやる。
だがしかし、だからと言って知人の前でその甘いものをバクバク食べて俺は甘いものが好きだーなんて吹聴するようなアホらしいことは決して、しない。したがって、帝人がそれを知っているということがまず驚愕。さらにはファミレスに自分と二人で入ってくれる存在に驚愕。加えて男同士でハロウィンスイーツスペシャルセットなんていう、明らかに女性ターゲットであろうデザートセットを堂々と二人分注文するこの先輩に驚愕。心臓はどこで落ち着けばいいんだ。
「あれ・・・?もしかして、迷惑だった?ごめん、なんか僕余り考えずに行動しちゃったかも・・・」
「いえ!迷惑では、全然、ただあの・・・」
静雄の長い沈黙に、表情を曇らせて帝人が謝罪を口にする。それを慌ててさえぎりながら、静雄は考えた。何で自分はこんなにあせっているんだ。何でこんなに落ち着かないんだ。
「ちょっと、びっくりして」
素直にそこまで言って、いやお前そういうキャラじゃねえだろと自分に突っ込みを入れる。この先輩には出会ったその瞬間からリズムを狂わされっぱなしで、混乱することが多かった。もしかしてこの人、怪電波でも出してるんじゃなかろうか。他人の平静を乱すなんて凶悪だろ。でもそれが、案外心地いいから困る。
そんな風に思う静雄に向けて、帝人はにっこりと微笑んで見せた。その顔だ、それを見せられると静雄は体温が2・3度上がってしまうのだ。今も熱を持つ頬を必死で押さえ、俯きかけたところで、耳が声を拾った。
「平和島君は甘いものが好きだって臨也君に聞いたから、いつか一緒に食べに行こうとは思ってたんだよ。でも今日ファミレスの前で迷ってる平和島君を見つけたら、今しかない!って思っちゃって」
「は!?」
いやちょっと待て!
「なんスか、それ!」
ダンッ!と両手をついたテーブルがミシッと音を立てた。慌てたように平和島君!?と叫んだ帝人の声にはっと我に返るが、しかし先ほどの言葉はいただけない、決していただいてはいけない。
「あ、ごめんね、なんか詮索するような真似して・・・。自分の知らないところで自分の話題が出た話なんて、」
「それはいい!っつか、なんで・・・」
ああもう頭が真っ白になりそうだ。平和島静雄は暴力が嫌いだけれども、その名前だけは許せない。そいつだけはだめだ、折原臨也だけは。
「何で臨也の野郎・・・!」
「・・・ご、ごめん、本当に犬猿なんだね。臨也君の方から平和島君の話題振って来たから、実はそうでもないのかと思ってた」
「別にそれはどうでもいい!ってか、そんなことより竜ヶ峰先輩!」
もう一度テーブルに手を着こうとしてやめる。今度叩いたらバッキバキに割れるだろうから自重だ。押さえろ自分。
「なんで臨也の野郎は臨也君で、俺は平和島君なんスか!」
「え?」
そこ?
きょとんと目を見開く帝人に、そこ以外に何があるのか、と静雄はぎりぎりと歯軋りした。っつかなんであの野郎いつの間にか先輩と親しくなってんだ、と怒りが沸き立つ。あのいけ好かない男のことだ、どうせその話題だって、『シズちゃんってばあんな図体してあんなバケモノの癖に甘いもの大好きなんだって、キモイよねー☆』とかそういうノリで言ったに違いない、自信ある、あいつ殺す。マジ殺すぶっ殺す絞め殺すねじり殺す。
静雄がそんな怒りで我を忘れそうになったそのときだ。
「静雄君」
その一言が耳に入って、ただそれだけで沸騰寸前だった怒りが凪いだ。代わりに、自分の言ったことがまるで駄々をこねる子供のような言い分だったことに気づき、羞恥とわけの分からないもどかしさで頬が熱を持つ。ユデダコみたいに染まる静雄をにこやかに見詰め、帝人はあはは、と小さく笑って。
「なんか、言い慣れないと恥ずかしいね。静雄君がいいなら、こっちで呼ぶけど」
「は、はい!」
「あと僕も、竜ヶ峰って長いでしょ。帝人でいいよ?」
みかど。
言われた意味を理解して、静雄はそれこそさらに驚愕した。帝人先輩。実はずっとそう呼びたかったのだが、いきなり名前呼びになるのもどうかと思って躊躇って、結局竜ヶ峰先輩と呼んでいた。だがしかし、本人がいいよと言うのだからチャンスだ。って言うか何のチャンスだ!?さっきから乱れに乱れる自分の思考回路についていけず、静雄は必死に空気を吸い込み、そして吐いた。
落ち着け、落ち着くんだ平和島静雄。
「み、みか・・・」
「お待たせしました!ハロウィンスイーツスペシャルセットでーす!」
あ、今フラグ折れた。ボキッと。
「わ、パンプキンパイ大きい!おいしそう・・・!」
沈みかけた気分さえ、目の前で先輩が嬉しそうに目を輝かせるだけで浮上するんだからどうしようもない。何なんだ最近の俺は、と静雄は自問自答する。本気で、この先輩は何かの磁場を出してるんじゃなかろうか。何かとんでもない磁場を。