或る若者の憂鬱
そう言ったが声は届かない。仕方がないのでしばらく泣くに任せて放置しておくことにした。パーカーとズボンを脱ぎ、買ってきたボクサーパンツを袋のまま箪笥に入れていると、いつの間にか泣きやんでいた『たきやしゃまる』が長い睫毛にふちどられたでっかい瞳を見開いて、興味深げに覗き込んできた。
きょろきょろ彷徨っていたその視線がふいに、箪笥の上に置いていた物を見つけて固定される。
それは鉄製の輪っかだった。
「それはな、旅路の無事を祈ってのお守りだ。後輩にもらった」
しばらくそれを眺めていた『たきやしゃまる』は、そのうち何かに気付いたのか、ボンと顔を赤くさせてそのお守りから目をそらした。きょろきょろと視線を彷徨わせ、今度はこちらの膝に目を留めた。
「……あー」
ばれちゃったか、と思わず言ってしまった。
こいつは自分の後輩の滝夜叉丸ではないのだけれど、ここまで激似だと本人に喋っているような気になってくる。
「お前には言ってなかったけどな。ジャンパー膝だって。骨の成長に筋肉の成長が追いつかなかったんだってさ」
自嘲気味に言う。
「……笑えるよなあ。身体でかくなりたいとは言ったけど、それで身体壊しちゃ本末転倒だよな」
何が悪かった?自分のせいじゃない?
なら、どうしろって話だよなあ?
治療とリハビリに専念しつつトレーニングをしていた。
プロの試合をこの目で直に見てショックを受けていた。
「……なーんて弱音をさ、後輩に言えないだろ。カッコ悪いだろそんなの。だから黙ってたんだけど」
自分にしか興味ないみたいな態度でいるくせに、意外と他人のことに目ざといあいつのことだ。もしかしたら気付いていたのかもしれない。
「まったく、先輩失格だな」
滝夜叉丸の顔をした『たきやしゃまる』は痛みを堪えたような、そのくせいとおしむような瞳で、ひとの頭をすかすか撫でてきた。
年下のくせに、と言おうとしたがさっきの涙が伝染したらしくぼろりと自分からも流れ落ちたので何も言わず、すかりすかりと撫でられるに任せた。