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或る若者の憂鬱

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「観光客に仮装を提供するの。劇場用の衣裳を制作してるアトリエがカーニバル期間はレンタルしてるんだけど、うちのスクールを受付にすることを条件に、提携を申し出てくれたの。なかなかいいバイトにもなるのよ。ちなみにわたしはメーキャップとヘア・アレンジ担当」
 美大生のフェリシアは、センスの見せ所よ!と目をきらきらさせている。きり丸とタカ丸を足して割ったみたいな奴だなあ、と連想したことで日本に居るなつかしい後輩たちの顔が次々と思い浮かんだ。あいつらもこういうの好きそうだな。
「パーッと楽しめば、少しはコヘータの気分も晴れるよ!ほらほらほらっ」
 観光名物にもなっているこの都の名物行事はとても派手で、たしかに見ていて楽しい。
 友人に背中を押されるまま、留学受け入れ先のクラスへと歩を進めつつも、内心で呟く。
(我ながら、なにやってんだか……)
 この国は明るくておおらかで、大好きだけれども。
 申し訳ないことに自分は現在、故障した膝の治療とリハビリを終えた直後であり、スランプとホームシックのダブルコンボにうちのめされている真っ最中なのだった。

 七松小平太は、背が低い。
 それは自分でもわかっていた。
 正確に表現するならば、日本における同年代の男子と比較すれば高い方の部類に入るが、バレーボールの選手としてはむしろ低い方の部類に入る。がしかし、成長期なのだからこれからもまだ伸びるさと自分を信じ倒した。長所である超高校生級の身体能力にさらに磨きをかけることに専念し、焦燥感をポジティブに運動量で押し込んでいたのだ。それなのに。
 ある日、膝が痛みを訴えた。
 仕方がないので病院に行ったら、ああジャンプ膝だねよくあることだよきみがわるいわけじゃないちょっと運動しすぎたねえしばらく運動を控えないといけないねえもうすこし年の若い子に多い症例なんだけど七松くんは成長期がちょっと遅くに来たみたいだね。
 と、スポーツドクターにさらりと宣告された。
 そういえば最近めきめき手足伸びてるなあとは思ってたんですよねーと答える自分の声はまるで他人事のように遠くに聴こえた。
 落ちている息子を見かねたのかそれとも単にうっとうしかったのか自分と同じように細かいことは気にしない父親が運動できないなら見て勉強してこい、と病院とワーキングホリデーと留学の手続きを勝手に済ませて放り出した。
 ならばと有り難く試合を観戦し回った。
 プロの外国人選手たちを目の当たりにした。そうして、衝撃を受けた。
 プロレベルになると個々の実力にはさして差が無いのである。リーチの長さという優位性は、誰の目にも明らかだった。
 こんなやつらとそう遠くない未来、対戦することになるのか。
 身がすくむのはリハビリも終わり切らず身体が鈍っているから、だけではなかった。

 二月のヴェネチアは寒い。スクールを後にすれば、周囲が薄暗くなるのと競うように外気が冷えてゆく。
 体力は有り余っている。この水の都を巡る水路すべてに沿って走って体をあたためたいとう気持ちが首をもたげる。
 しかしそんなわけにはいかない身体がもどかしい。自分からアクティブさを取ったら何が残るというのか。居場所がどれほど面白い環境であっても、アイデンティティが制限されるというのは大変、きつい。とってもきつい。発狂しそうだと言っても過言ではない。実際はそんなことで発狂できないのだけれど。少し唇を噛みしめて欲求不満を噛み殺して歩を急がせる。ルームトレーニング一通りは何度かやってもいいよなあ、と考えながら、安物の室外機の音がひしめく学生アパルトメントの一角にある自室のドアに手をかけた。

「ただいま、『たきやしゃまる』」

 呼びかけた声が、聴こえたわけはなかった。
 が、ずっとドアを見つめていたらしいそいつは、ドアが開くや否や、ぱっと顔をほころばせた。
 その顔を見た途端にさっきまでの沈んだ気持ちがぽこりと霧散した。
「おお、今日は壁から生えたのか。さかさまよりはだいぶマシだな、うん」
 首を九十度近くかたむけて話しかけると、部屋の壁に垂直に正座している紫色の忍者の格好をした少年がこちらの唇の動きを読んでこくこく頷いた。その身体の向こうの景色が幽かに透けて見える。
「もうすぐカーニバルがあるんだ。今日はその準備をしてきた。お前も一緒に来れたらいいのにな」
 ショルダーバッグを肩から床へずり落としながら話しかけると、忍者少年のでかい瞳にクエスチョンマークが浮かんだ。ああ、カーニバルの意味がわかんなかったのか。お祭りだと説明してやると納得した表情を見せてきた。
 これが何者でありいったい何なのかはわからない。
 はじめて見た時は、幽霊かと思った。
 イタリア初日の夜いきなりこの部屋の天井から生えていたこいつからは禍々しさやおどろおどろしさは微塵も感じられなかった。なので恐怖はひとつもなかったが、ずっと上を眺めていなくてはならなかったので首が疲れた。ひとを指さしてひどく興奮した面持ちで必死に口をぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱく開閉させているので、なんとなく視線を外すのが申し訳なかったのだ。そして悲しいかなこちらの耳には何の音も届いていなかった。それを教えてやろうとしたがよっぽど伝えたいことがあったのだろう、口を挟む余地もない。仕方なく待っていると、三十分ほど経過てさすがに喋り疲れたのだろう、やっと口を開閉させるのをやめた。
 ずいぶんとエキサイトしたらしく、肩が上下している。
「あー……大丈夫か?悪いけど実は、さっきから何言ってるか全然聞こえんのだ」
 やっとそう伝えると、目の前の相手が固まった。
 背中をさすってやろうとしたが、触れようとした手はその背中をするりとすり抜けた。
 同時に、そいつが後ろ手に縛られていたことにも気が付いた。
「……へ?」
 お互いが顔を見合わせた。
「なんだお前。幽霊か…?日本からずっと憑いてきちゃったのかな」
 そう問うとそいつはプルプル首を横に振った。
「幽霊じゃないのか。じゃあ何だ?」
 口元を手で隠して言うと、眉をしかめた。手を離すと、大きな瞳でじいっと口元を見てくる。唇の動きから言葉を読み取っているらしい。器用な奴だ。
「お前の名前は?」
――たきやしゃまる。
その唇はゆっくりと、たしかにそう動いた。体格から察するにまだ十二・三歳といったところか或いはもっと下かもしれない。だがその目は中学生のものより少しばかり大人びている。だから、同じ顔をしていてたぶん男だといっても、滝夜叉丸ではない。あいつではない。
「……お前、捕まってるのか。なんで?誰に?」
 そう問うと『たきやしゃまる』はうつむいた。
 答えたくないのだろうか。
 ならば別に聞かないでおこう、と思っていると、唐突に、『たきやしゃまる』の目からぼろりと涙が落ちた。
「えっ」
 心臓が跳ねた。
「え、なに、何だお前どうしたんだ、どっか痛いのかおい―」
 たきやしゃまる、と慌てて呼ぶと、落涙は更にぼだぼだと水かさを増した。困った。
「泣くなよ……」
作品名:或る若者の憂鬱 作家名:463