別れのあと
「どうしてサンジくんと別れたの」
ここまで首を突っ込むつもりはなかったが、愛し合っている(とナミは思っている)二人が別れるなんてあまりにも理不尽に思えて、ナミはゾロに聞くことにしたのだった。
展望室に上がろうとしていた不寝番のゾロを引き止めて、たまには付き合いなさいよと、ひと気のない深夜のアクアリウムバーになかば無理矢理に連れ込んだ。
「おれァ不寝番なんだが」
「すぐに解放するわよ」
だから答えて、ねえどうして? からかう意図があるわけでも、責めているのでもなく、ただ純粋に理由を知りたいだけなのだと察して、ゾロは面倒くさそうに―――それでも生真面目に、ナミに向き合った。
「いつから知ってた」
おれたちのこと、と平然と聞かれて、逆にナミのほうがうろたえた。
「……驚かないのね」
「いや、おどろいた」
どこがよ、と思いながら、はっきり気づいたのはエニエスロビーから戻った後だと答えると、ゾロは少しの間をおいてから、
「三度目だ」
と言った。
「何が?」
「コックとおれが別れるのが」
「え?」
要領を得ずにナミが聞き返す、するとゾロは言葉が足りないと気づいてくれたのか、順を追って話し始めた。
初めてサンジに告白されたのはリトルガーデンを出た直後だったこと、気づけば自分もサンジを好きになっていたこと、アラバスタを出航後に一度別れてまたすぐによりを戻したこと、空島から戻った直後にまた別れたこと、デービーバックファイトの後にまたよりが戻ったこと、―――そして、スリラーバークを後にした今、また別れ話を切り出されたこと。
「あいつはおれが怪我するたびに、別れたがる」
「………」
ゾロの話を聞いて、ナミはすべてに合点がいった。
海賊である以上、自分たちにいつまでも続く平穏などありはしない。周りはいわば敵だらけだ、海賊だろうが海軍だろうが―――神と呼ばれる者であろうが。それらすべてと戦って、誰しもが無傷でなどいられるわけがない。
先陣切って戦闘に出る、無茶もする、怪我だってする。それをサンジだってよく知っていた。自分たちは海賊だ。なのにゾロがそうして身体に傷を負うたびに、サンジは怖くて仕方がないのだ。ゾロを引き止められないことが、―――いつか喪うかもしれないことが。
「あんた、もっと自分を大事にしたら」
思わずサンジを擁護するような言葉が口をついて出た。なんだかあまりにサンジがかわいそうに思えたのだ、こんな苛烈な生き方しかできない男を好きになるなんて。
「……気をつける」
「あら、素直じゃない」
「いちいちヨリ戻すのが面倒なだけだ」
じゃあ戻さなければいいじゃない、と思ったが、やぶへびになりそうだったので黙っておいた。思ったとおり、やっぱりこの二人は熱烈に愛し合っているのだと分かったからだ。
もういいだろ、と立ち上がったゾロを、「ちょっと待って」と引きとめる。
「なんだ」
「よりを戻すって、どうやって?」
先ほどとは違い、今度はただの好奇心だ。無視されるかもと思ったが、ゾロは律儀に答えてくれた。
「押し倒して乗っかる」
「力ずく?」
「悪ィか」
「あんた達らしくていいんじゃない」
最後の言葉と一緒にため息も出た。二人には幸せでいて欲しいと思っただけだったのに、結果的にのろけられて終わってしまった。
「気が済んだら、もう寝ろ」
「おやすみ」
「あァ、おやすみ」
言ってひらひらと手を振りながら出て行く、その後姿を見送ってから、ナミは一言呟いた。
「……あしたはお赤飯かなあ」
きっとあしたの朝には、サンジは照れくさそうな顔で、それでもナミに「ありがとう」とか言ってきたりするのだろう。それを思えばくすぐったくて、ナミは知らず笑みをこぼした。