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覚めてから 覚えたのだろうか?

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 「ああ、雪だ」
  みあげた男が、すこし、ほほえんだ。
 






 「  ここにきて、山をなめてはいけないということを、深く学んだ  」
 
 「・・まるで、遭難したような言葉だな」
 「・・・だ、だいじょうぶ。きっと、無事に生還してみせる」
 「そうか。それは頼もしいかぎりだが・・」
 「陽が昇れば、視界もひらけるし」
 「・・・鋼の・・もう、陽は昇っている時間だ」
 「へ?・・・うそ・・」
  言われてはじめて、針葉樹の木々の中、薄暗くても互いの顔が見えることに気がついた。
  
  





  ただでさえ寒いこの地方の、よけいに冷え込むこの時季に、出かけないかと誘ってきたのは、上司である男だ。
  
  きみが興味をもつだろう手付かずのものたちがあるようだ。

 いつものように、報告のついでに、という会話だった。
 相手の思惑通りに興味を持ってしまった少年は、弟をみやり、こう聞いた。

   そこって、日帰りできる?

 このところ、一箇所に留まらない移動が続いていた。
 本当なら、今回一度、ゆっくりと中央で息をつき、それからまた―と、兄的には考えていたところで・・・。
 電話のむこうで、小さな息がこぼされるのを聞かされる。
『―まあ・・。日帰りしようと思って、できないことは、ない、が・・。その場合は、早朝、陽の昇る前に車で出発。途中の駅から列車に乗る。帰りは・・・いいかね?ここが肝心なのだが、きみがしっかりと時間内に書物を離せるというのなら、最終の列車で、どうにか帰れるだろう』
「・・・・いちおう、聞いておくけど・・、離すのがちょい、遅れたりしたら?」
『―きみがよく知る、地方の駅を思い起こしたまえ。一時間のうちに、いったい、何本走ると思う?』
「・・そこの本、いつまで」
『わたしの、古い知り合いの蔵書なのだよ。先日亡くなってね。―遺言で、わたしがそれを処分することになっている』
「・・・・・・・」
 側でなんとなく聞いていた弟が、にいさん、と小声をだす。
「ぼく、ここで、留守番しててもいい?」
 大きなからだが、自分の足元を指すのを、兄はちょっと困ったように見る。
 だって、そうなってしまうと・・・。
「で、たまには、行ってみたら?―大佐と、懇親旅行」
「こっ、・・」なんだ、その、びみょうな響きの旅行は?
 そもそも―、
「た、たまにはって、んなもん今まで行ったことねえぞ」
「でもほら。ときどき、二人で、ぼくたちの知らないことをなんかやらかして、中尉に怒られてるでしょ?」
「お、おれのせいじゃねえ!」
「・・にいさん―」耳元を指され、にぎっていたものを思い出す。
『―なるほど。今回は、ここでしばらく休むつもりだったのかね?』
 こちらの騒ぎなど脇に置いたように、にぎったものから男の静かな声がこぼれる。
『そうか。そういえば、しばらくぶりに、なるのかな?・・・すまないね。どうも、自分のまわりがあわただしかったもので、感覚が狂っているようだ。きみたちにはきみたちの予定があるのを、失念していたよ』
「なんだよ、それって」
『いや。嫌味ではなく、正直、・・・時々、うらやましくてね。きみたちの進み方は、いつだってまっすぐだ』
「・・・あんた、疲れてんじゃねえの?」
 声はいつもどおりのようだが。しゃべり方といい、言葉の選び方といい・・・。
 にいさん、とまた弟にとがめられるように呼ばれ、兄は受話器をにぎりなおす。
「・・ま、その通りでさ。ちょっと、休憩しようかと思ってた」
『―そうか。では、またの機会にするかね?』
「行く」
 口にしてから、はっとして見た弟は、すでに歩き出している。
「あ、あのさ、アルだけ、そこに置いてっても」
『ためにならない男たちと、新しいお茶を買った中尉がいつでも待っているんだ。きみたちが遠慮する理由など、ここにはないはずだが―』早く来たまえと上司に命じられ、慌てて弟の大きな背を追うことにした。





 結局、日帰りは断念。
 そうして男とむかいあい、列車に揺られている。

「・・・・・・・」
 懸念していた、二人きりの会話は、せずにいる。
 なぜなら、むかいの男は列車に乗り込み、席についたとたん、「わるいが、着いたら起こしてくれ」と、眠り込んでしまったからだ。
 しかたがないので、窓を流れる景色を眺めつつ、時々、その寝顔を目にいれることとなる。
 
 ――たぶん、きっと、何かがあったのだろう。
 昨日、兄弟揃って部屋を訪れたときの、部下一同のほっとしたような空気。
 「鋼のといっしょに、後処理してくるよ」と、お茶をいれてくれる中尉に大佐が告げたときの、彼女の、嬉しいような、困ったような顔。
「出張扱いだからな。多少の出費も許されるだろう」
 様子をうかがうように、静かにお茶をのんでいたエドは、珍しく男に肩などたたかれ、思わず身をすくめるも、男に他意は、ないようだった。
「すこし寒いが、静かで、いいところだよ」
 その地方の、なにかうまいものでも食べてこようと、書類を整え、翌朝の列車の時間を確認した男は、静かにいとまを告げ、誰も、何も、ふざけたことを言うこともなく、その背を見送る。
 仕事を淡々とこなすことを忘れない女が、口を開こうか迷っている子どもに気付くと、「ごめんなさいね。ちょっと、・・まだ、整理ができていないみたい」と、珍しくきれいに片付けられた男の机を、眼でさした。
 
 
 眠る男は、静かだった。
 当然だけれど、列車の揺れ以外に、動かない。
 昨日も思ったが、やせたようだ。
 顔色も、よくない。
「―・・・、っだよ」
 おかしなことを考えそうで、エドは嫌になって窓の外を眺めた。
「―もう、すぐかな?」
「!っな、お、起きてるなら」
 すう、と、男が眼を閉じたまま、息をひいた。
「―・・ああ。起きよう」
「・・・・・・」
 動作が、鈍い。
 言葉までが、澱んでいるようだった。
「っ!?―どうした?はがねの・・?」
 気付けば、男の胸倉をつかみあげている自分がいる。
「ど、どうもしねえよ!しねえけど、ちゃんと起きろ!」
「・・・・わかった・・。きみがご立腹な理由はわからないが、ちゃんと、眼をあけよう」
 眼を―。
 合わせた、相手の、金が。
 ―怒りを、感情を、そのままぶつけてくるそれが、「――――」見ていられなくて、そっとそらす。
「―陽が、落ちるのか」
 空にある金は、傾いていた。


 
 宿に行くよりも、その場所へ行きたいと言い出したのは子どものほうで、男は深く考えもしないまま、先に折れる。
「・・いいだろう。その代わり、夕飯はないものと考えるんだな」
「べっつに。いいよ・・・あんただって、そんなに食いたいわけじゃないだろ?」
「・・・・・」
「きっと、みんなが思ってて、みんなが口にしないと思うけどさ、あんた、病人みたいだぜ。なにがあったのか知らねえけどさ、その、い、いつものあんたと、ぜんっぜん違う!」
「・・・・」