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覚めてから 覚えたのだろうか?

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「なに、驚いた顔してんだよ?周りに気を遣わせてるのに気付かねえのかよ?気取って、とりつくろって、そんで、本当は少し間抜けなあんただったら、あそこがあんな空気になってるのに、自分だけ気付かないなんて、ありえねえだろ?なんか、なんつっていいのかわかんねえけど・・・・・・・・・・・・・・イラつく」
「・・・・・・わたしが?」
「おまえだよ!」
 びしっと鼻先に指を突きつけられた男は、しばし、肩で息をするような子どもをじっとみおろし、やがて、なにかを思いだしたように、ムッとした顔になった。
「―人を、指さすんじゃない」
「今そこかよ!むぐっ」
 正面から口をおさえられた。
「いいかね?ここは小さな駅とはいえ、人が集まる場所だ。そのまん前の広場で、いくら外套を羽織っているとはいえ、配給された服を着て、身分が一目でわかる人間と、君のような、見た目どこかの(気の短い)ただの子どもみたいな人間が、いっけん、いい争いをしているようなこの現状というのは、好ましいものではないのだが?」
 口にあった男の手をはぎとる。
「・・今の長セリフのどこかに、何か、カッコがなかったか?」
「気のせいだろう。女性にならともかく、きみ相手に何かの含みをもたせた言葉を使った記憶はないがね」
 にやり、と。
「・・・なんだよ・・ったく・・」
「ん?なんだい?」
「・・なんでもねえ。目立つのが嫌なら、さっさと行こうぜ」
 
        くるり、と翻る赤。

 「―ああ。賛成だ」

         ――― 眼が、さめる、赤だ。


 そうして、目指した目的の場所は―――、
「う、そ、だろ?」
「今更だな。きみが、宿よりも先に、と言ったんだろう?」
 駅から始まった田舎道。
 そろそろ上りがでてきたな、というところで、完全な山道が急にはじまる。
 陽は完全に落ち、途中で男が取り出したランプを揺らし、真っ暗な道を進んでいる。
「・・どうりで、あんたの背負ってきた荷物が、やたらとでっかいわけだ」
 駅で落ち合った男は、ひどく大きな荷を背負って現れ、子どもはずっと馬鹿にしていたのだが、どうやら必要なものが入れられているらしい。
「何もないところだとわかっているから、持って来たまでだよ」
 目指す先は、登っている山の、さらにむこうの中腹あたりにある建物だと教えられた。
「―それとも、先に宿へ戻るかい?まあ、ここからだと、どちらも変わらないと思えるが、宿なら、暖かい食事とベッドが待っている」
 『暖かい』という単語が魅力的に響くほど、ひどく冷え込んできている。
 立ち止まり、ランプを掲げた男の息が、白く見えるほどだ。
「―登る。この上にある建物だって、なにも、ふきっさらしってわけじゃないだろ?」
「まあ、屋根も壁もある」
「じゃあ行こうぜ。時間がもったいねえし」
 小さな影が、先を歩き出す。
 ランプを灯すこちらを、置いてゆきそうなその勢いに、男が息をもらす口元は、笑んでいた。
 「待ちたまえ。この辺りから、足元が変わるぞ」
 「わかってるって。もう、さっきから赤茶の岩がごつごつしてるもんな。あ、ランプ、おれが持つ」
「・・・・きみは、道がわからないだろう?」
「だって、この辺りを登っていきゃ、いいんだろ?」
「いや、だから、この辺りの地形もわかっていなのに―」
「いいから!いそいでんだよ!」
「・・―鋼の?もしかして、身体が?そうか・・わたしとしたことが・・・」
 男が口元を覆う。
「べ、べつに・・ちょっと、予想より、気温が低くてさ・・」
 無言の男がいきなりランプを差し出し、反射的に受け取れば、背負った荷物から、すぐに何かを取り出した。
「これを巻いて」
「え?い、いいよ、って、なにすんだよ!」
 取り出されたのは、柔らかい大判の毛織物で、頭からぐるりと巻きつけられた。
「少しは、マシになるはずだ」
「だ、だってこれ、あんたの」
「軍の支給品ではないから、物はいいはずだよ」
「・・っ、ってことは、私物だろ?いいよ。返す」
「 は が ね の 」
 頭から取り去ろうとしたら、なんだかひさしぶりに強く呼ばれ、止まってしまう。
 身をかがめた男が再度、茶色の柔らかい布でエドを包んだ。
「―白状しよう。ここを再度訪れるのは、どうにも・・とても、気が重かった。なので、きみをどうしても、同伴したかったのだよ。きみが飛びつきそうなもので釣って、ここへ一緒にくれば、きみならば、尻込みするわたしを見透かして、馬鹿にするか、腹を立てるか、もしくはこちらのケツを蹴飛ばすかして、どうにかしてくれるんじゃないかと・・・。ずるい、ことをしたと自分でも思っている。・・きみは、賢いから、当然そんなこと、気付いていたはずなのに、わざと、のってくれたね?」
「―なんのことか、わかんねえ」
「情けないことに、自分のことでいっぱいだ・・・。当然のことにさえ、気がまわらないなんて、まったく、ほんとうに、すまない」
「―――――」
 黙るしか、なかった。
 柔らかいもので包み込まれ、そのまま男の胸に納まっている。
「このまま・・・甘えてもいいということかな?」
「−は?」
 毛織物が頬を撫でた。
 男の大きな手が、その布ごと頬を包んでいるのだと理解したときには、眼が合っていた。
 ゆっくりと、男の眼がこちらをのぞきこむように近付いて、我に返ったエドは、何かを叫びながらそれを追い払った。
 つもりだった。
「あ―」
 渡されて手にしていたランプが飛んで、向こうのほうで、がしゃん、と音をたて、目の前にいたはずの男が視界から消えた。
 いや。明かりがなくなった今、視界もなにもあったもんじゃない。
「―れ?」
「・・・いてて」
「だ、だいじょぶ?」
 情けない声は、倒れた男が発したものだった。と、いうか、男の身体を倒した感触が、しっかりと手に残っているので、声のする方向へと近寄る。
「あ、あんたが、変なことしようとすっから!」
 それでも、手を差し出した。
「自業自得、というわけか・・まあ、しかたない、―っつ、」
 闇の中、手繰りあった手が、すぐに離される。
「・・・すまない。おかしなひねり方をして転んだようだ」
「え?・・・ご、ごめ」
「自業自得だな。ランプの代わりにはならないが、小さなライトならある」
「う・・ご、」
「わたしのせいだ。大目にみてもらえるなら、もう一度、手を貸してもらえるかい?」
「・・・・・・」
 ときどき、いきなり、こういう大人の態度をとられると、エドは何も言えなくなってしまう。
 この男は、本来そういう立場なのだということを、急に思いだすことになるからだ。
「―おれのせいで、ごめん」
「ん?なにか勘違いをしているようだね。そもそもこんなところへきみを引っ張ってきたのは、わたしのほうだ」
「でも、―」
 再度、つながった手を、大きく暖かい相手が、ぎゅうとにぎりこむ。
「では、あらためて先を急ごう。この地域のこの季節に、夜、星も月も見えないのは、雪が降ることを意味しているからな」
 立ち上がった男はさっさと荷物を背負い、「―ゆこうか」とやさしく促した。