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いつき りゅう
いつき りゅう
novelistID. 4366
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斜向かいの背中

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車が通りすぎて行く脇を、街灯がちらつきだした歩道を下りながら、たわいもない会話を交わして。

「もうこんな時間かー。
やっぱさ、サッカーやってると時間なんて忘れちゃうよな」
「そうだな」
「そんで家に帰ったら母さんに『今何時だと思ってんだい!』って怒られるんだけど、そんな事言ったって夢中になったら夜になったのも気付けないって」
「じゃあ、先週の金曜に怒られたばかりか」
「うっ…!いや、でも母さんはちゃんと前もって遅くなるって言えば別にそんな怒らないんだよ。
だから、ちゃんと練習には付き合うからな!」
「分かったって」

今更、やっぱお前は来るななんて言うかよ。
とっくに観念してるさ。

「あー!でも明日からは部活の後もサッカー出来るのかぁ…く〜っ!ワクワクしてきたぁっ!
なあ、風丸!サッカーって面白いよな!サイコーだよな!!」
「ああ、そうだな」
「だよな!だよな!そうだよなっ!
よぉーしっ!明日は何の特訓にするかなぁ。
せっかく風丸と組んでやるんだから、障害物沢山組んでドリブル練習とか…いや、パスの応酬で連携を繋げて相手ゴールまでのタイムアタックとかも有りか…。
なあなあ!風丸は何かやりたい練習ってあるか?
お前の特訓なんだから、オレはお前の気が済むまでいくらでも付き合うぜっ!」

「まったく…大袈裟過ぎるんだよ円堂は。
そんなに嬉しいか?」

オレがサッカーをやる気になった。
たったそれだけの事が。

そんな気持ちでいただけに、浮かれた様子の円堂に苦笑を向けたオレの何気ない一言に対して、想像していた以上に強い語調が返って来たのには驚いた。

「あったり前だろっ!!
今までもオレの練習を手伝ってくれてたけど、今はお前もれっきとした雷門中学サッカー部のチームメイトなんだぜ!?
一緒にサッカーやれるだけでも嬉しいのに、風丸もサッカー好きになってくれたんならスッゲー嬉しいに決まってる!」

つい最近までは、ろくにグラウンドも使えずに、やる気の失せた部員ですら練習の相手が居なくて、片隅で一人リフティングやシュート練習をしている円堂を見るだけしか出来なかった。
何度も同じ姿を見掛けていたのに、所属している部が違う以上、たまの手伝いは出来ても結局オレが部外者なのは覆せやしないし、円堂がサッカーをしたがっている事は散々分かっていたのに、どうにかしてやる事も出来ない。
それが歯痒くてサッカー部に転部したのだから、サッカー好きになったなんて到底オレが口に出せる訳もない。

なのに円堂はこんな、あからさまにはしゃいで
笑って喜んで。

「オレも……」

楽しいよ。嬉しいよ。

不意に浮かんだ疑問も吹き飛ばす笑顔に釣られて口にした言葉の続きに思わず迷う。
…なんだろうな。
サッカー馬鹿ってのは伝染るもんなのか?


転部したばかりの頃に比べたら、歩く度に背中に背負ったサッカーボールが弾むその感触に抱いていたはずの違和感ですら、時々忘れてしまっている事がある。
陸上部に居た時に使い続けていたシューズとは全然違うスパイクシューズの穿き心地も、妙に馴染んで当たり前の様に感じる時があるんだ。

「なあ、円堂。地区予選、頑張ろうな」

「ああっ!めざすはフットボールフロンティア優勝だっ!!」

「おうっ!」

高々と挙げられた拳に拳を添わせた。



嫌いじゃないんだ。
負けたくないんだ。
追い付いていたい。

円堂が目指しているのとは、向かう先が僅かにズレていたとしても構わないから。
言ってもいいか?

サッカーがしたいんだ、って。

作品名:斜向かいの背中 作家名:いつき りゅう