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水に降る雪

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目が覚めて、女の家の窓から顔を出すと外は一面銀世界になっていた。防寒具など何も持ってきていなかった京楽は、身支度を済ませ朝飯を食うと部屋の隅に畳んであった手ごろな布を引っつかみ、それを首に巻きつけてぎしぎしと雪を踏みながら隊舎へ向かった。
 歩きながら、途中に浮竹の居宅があることを思い出した。今日は準夜勤だから出勤時間まではまだ余裕がある。ちょっと顔を出していこう。
 雨乾堂へ着いて、入り口から覗くと履物がなかった。浮竹の隊は夜勤だったはずだから、そろそろ戻ってきてもおかしくないのにな、と仕方なく堂と道を繋ぐ橋を引き返す。
 すると、池へ下る右手の土手の途中に人がいる。雪面の反射に眼を凝らすとそれは浮竹で、大の字に寝転がった彼の両脇は結構な長さで他の所より少し雪面がへこんでいた。おそらく横にごろごろ転がったに違いない。
 童か、と京楽は片眉を上げて呆れたように笑うと、ゆっくりとそこへ足を向けた。


 昔の話だ。
 その時も今日のように女の家からの帰りで、雪が積もっていた。学院の裏門を抜けて寮へ戻ろうとする途中、一人分の足跡が連なるその先で仰向けになって雪に埋まる浮竹を見つけた。仰向けになって、唄を唄っている。
 寒さは肺に悪い。ここ数日急に寒くなって、咳ばかりしていたのにと京楽は驚いて浮竹に駆け寄った。
「何をしている」
「雪降ってさ、新しい所に跡つけるのって気持ちがいいんだろ。一度やってみたかったんだ」
 青くなって怒鳴るように言った京楽に、そう言って浮竹は笑いかけた。
「お前もやれよ」
「バカを言うな」
「……吸い込まれるみたいで、気持ちがいいよ」
 浮竹の眼は、煤を被った綿菓子のような雲が一面に広がった空を見ていた。
「浮竹、もう帰るよ。風邪を引く」
「はぁい」
 渋々立ち上げると、京楽に並んで歩きながら浮竹はまたさっきの唄を口ずさんだ。
「ばあちゃんが好きだったんだ」
「ウチの婆さんもだ。……だけど浮竹、そんな唄、もう唄うのはやめろ」
 静かに怒るような、しかしどこか泣き出しそうな京楽の声に、浮竹は答えなかった。そしてその後、彼は熱を出して三日寝込んだ。


「なーにしてんの、夜勤明けに元気だねぇ」
 近くまで降りようと土手の取っ掛かりに足を踏み入れると、思ったより雪は深く足駄ごと踝までつっ込んでしまい、ヒャアッと奇妙な声が上がった。
作品名:水に降る雪 作家名:gen