正夢をみていた
夢を見た日
俺は普段夢なんてほとんど見ない。見たとしても、起きて顔を洗えばすぐに忘れちまう。
時々見て覚えてるような夢は、俺がリングで格闘技をしてたり観戦してたり、もしくは色んな甘いものに囲まれてそれを腹いっぱい食ってたり、とても健全でよくある感じのものだった。
だから、その日俺が見た夢は異色だった。
夕日が差す池袋の交差点。そこに大型のワゴン車、門田が乗ってるやつとは違う黒いタイプの車だ。それが突っ込んでくる。
ちょうど交差点の歩行者信号が、青から赤に変わる寸前。つまり車側の過失ってやつだ。
横断歩道を渡り切れていなかった一人の少年が、その黒いワゴン車に撥ねられる。
俺は撥ねられたそいつの名前を知っていた。
そいつは・・・
「あ゛~ねみぃ・・・」
「どうした静雄?寝れなかったのか?」
「あ、すんませんトムさん!その、寝たには寝たんすけど、夢見が悪くって・・・」
「夢見がねぇ」
仕事途中だというのに、俺は大あくびが止められない。ガシガシと頭をかいて、心配してくれるトムさんに頭を下げた。
今朝見た夢が、ずっとちらちら脳裏をよぎっては嫌な気分になる。
知り合いが車に跳ね飛ばされるところなんて見たくもない。
昔は自分がよく撥ねられたもんだが・・その原因を思い出すと今にも青筋が浮きそうだからやめておく。
「嫌な夢だったら人に話せばいいってよく言うぜ?逆にいい夢は話さねぇほうが叶ったりするんだと。よかったら聞くぞ?」
にっと口の端をあげて言ってくれるトムさん。本当にこの人はいい人だ。
俺はこの人に恩がある。そうそう簡単には返せねぇぐらいのもんだけど、いつかこの人の支えになれたら嬉しい。
(今は夢なんかのせいでまた心配かけちまってるんだが・・・)
申し訳ない気分になりながらも、俺はぽつぽつと今朝見た夢を話し出した。
「今みたいな夕方なんすけど、車が横断歩道に突っ込むんすよ。そんで知り合いが撥ねられるっつー・・後味悪いっていうかなんつうか・・・」
「ほぉー、事故にねぇ・・・その知り合いって臨也か?」
「だったら俺は万歳三唱してるっす。むしろ撥ねられりゃいいのに・・・」
「それもそうだな」
はははとトムさんが笑ってる。俺も臨也が撥ねられてるシーンを思い浮かべて笑いたいぐらいだけど、そうするには夢のインパクトが強すぎた。
臨也と同じ黒い髪、あの細っこい体が車のボンネットにぶち当たって、勢いよく跳ね飛ばされる。
足とか腕とかが空中でバラバラに動いて、ごしゃりと地面に落ちる。
そしたら地面がじわっと赤色に染まっていって、あいつが着ていた水色の制服がどんどん赤色に侵されて染まって・・・
(くそ、気分わりぃ・・・)
あれが自分なら何の問題もないし、ムカつくノミ蟲ならともかく、自分よりはるかに小さくて弱い生き物が、そんな理不尽に潰される姿を見て楽しいもんか。
こんな夢を見たこと事態が、あいつに対して申し訳なくなる。
「まぁ俺も夢占いとか詳しいわけじゃねぇしな。こうやって人に話したんだ、もう大丈夫だろ」
「そうっすね。今度そいつに会ったらジュースでも奢ることにします」
「おう、そうしてやれ」
そして俺たちはその話に区切りをつけて、次の取り立て先に向かった。
その途中のことだ、件の交差点に差し掛かったのは。
(ちょうどこんな感じの夕日だったな・・・まぶしくて、俺は一回空を見てから、信号が点滅し始めたから渡るのをやめたんだ)
一度空を見て、そして車道側を見ればちょうど信号が黄色になったところだった。
向こうに渡るには距離があるし、横断歩道はちょうど点滅が始まったところだった。俺もトムさんもそこで足を止めた。
何気なく見ていた交差点の先、横断歩道の真ん中ぐらいで、水色の制服が見えた。
(・・・・・竜ヶ峰?)
小走りに向こう側へ渡ろうとしている華奢な背中。
俺はそいつのことを知っていた。
セルティの知り合いで、ダラーズのメンバーで、学校の後輩で・・・今朝、俺はあいつの夢を見た。
ぞわりと鳥肌がたったのがわかる。
無意識にごくりと喉がなった。生唾を飲み込む感覚。
パッパーと鳴るクラクション。
赤へ変わる寸前の信号。
俺は大股に一歩前へ出た。
隣でトムさんが「静雄?」と不思議そうに俺の名前を呼んでいる。
だけど俺はトムさんに返事をすることができなかった。
そんな暇はなかった。
「・・・っ竜ヶ峰!!!」
目の端に見えたのは黒いワゴン車。
減速することなく一瞬のうちにどんどん横断歩道へ近づいてきている。
間違いなく竜ヶ峰に接触するスピードで。
俺の呼び声に気付いた竜ヶ峰が立ち止まって、こっちを振り返る。
前に立っていた人間を突き飛ばして俺は全力で走った。
横断歩道の信号が点滅をやめる。
俺は精一杯に手を伸ばす。
竜ヶ峰が自分に突っ込んでくる車を認識して、目が真ん丸に見開いたのが場違いにもはっきりと見えた。
「きゃぁぁぁぁっ!!!」
女の金切声が聞こえる。そしてそれを上回るの衝突音が、交差点中に響き渡った。