正夢をみていた
「――ずお、しずお、静雄!帝人君も、大丈夫か!?」
「・・・・トム、さん・・はい、大丈夫っす、俺は・・・竜ヶ峰?竜ヶ峰っ、無事か!?」
「は・・ぁ・・・」
俺の腕の中で、竜ヶ峰が蒼白な顔で唇を戦慄かせている。
きゅっと軽く抱きしめて、その痩身が無事なことを確かめた。骨は折れてねぇみたいだし、どこも血は出ていない。
もしかしたら俺が掴んだ腕が腫れてるかもしれねぇが、その程度ならマシなほうだろう。
・・・あんな風に跳ね飛ばされるよりは。
「竜ヶ峰、どうした、怪我したか!?どこが痛い!?」
「落ち着け静雄!とりあえずここから離れるぞ、あぶねぇ」
ガクガクと全身を震わせている小さな体を抱き上げる。
あまりにも抵抗なく持ち上がった体の軽さに改めて驚いた。車からかばって抱きしめた時はそれどころじゃなかったから。
ひしゃげて完全に大破した車を背後に、俺たちは歩道の石段へと近づいてそっと竜ヶ峰を下ろした。
少し砂のついてしまった頭を撫でてやると、次第に肩から力が抜けていくのが見て取れる。何度かそれを繰り返すと、落ち着いたのかほっと息を吐き出した。
「す、すみませんでした・・あの、助けてくださって、ありがとう、ございます」
ぱちりぱちりと瞬きをすると、睫毛に乗っていた少量の滴が飛んだ。目尻を擦ってやれば、ぎこちない笑顔を浮かべる。
誰かが呼んだ救急車とパトカーがいつの間にか激しいサイレンを鳴らしながら道路に止まっていた。
トムさんが近づいてきた隊員に事情を説明してくれてる。
「そんなことより、怪我はしてねぇか?どっかぶつけたとか」
「だいじょうぶ、みたいです・・・あっ、そ、それより、僕よりっ、静雄さんのほうがっ」
「あー全然無事だ。傷一つねぇよ」
実際俺は地面に転がった程度だ。かすり傷ぐらいはあるかもしれないが、怪我というほどのものなんてない。
竜ヶ峰にぶつかる勢いで抱きしめて飛んだんだけど、うまく助けられて良かった。
下手をすれば俺がぶつかった衝撃で怪我してたかもしれねぇし。
(俺の力で、こいつを助けられた・・・あの夢、正夢ってやつか?そんなこともあるもんなんだな)
「静雄!そっちは大丈夫か?」
「はいトムさん。こいつも俺も無事っす」
「よし」
隊員に俺たちを指差して無事だと告げたトムさんがこっちへ戻ってくる。
竜ヶ峰が不安そうに見つめてくるもんだから、またぽんぽんと頭を撫でると、ようやく時々会うのと同じような柔らかい笑顔を向けてくれた。
「助かってよかったなぁ2人とも。静雄、よくやった」
「あ、ありがとうございます!」
「えっと田中さんも、静雄さんも、本当にありがとうございました」
ほっとして3人で笑いあって、その日の仕事はそこで終了になった。
怪我はなくても事故にあったことをトムさんは会社に報告しなきゃいけなかったし、俺はまだ足が震えている竜ヶ峰を家まで送ることにした。
ぺこぺこ頭を下げて恐縮する竜ヶ峰を、最終的には抱え上げるようにして、ちょっと初見の人間の度肝を抜くような竜ヶ峰のボロアパート(言っちゃこいつに悪いか)へと送り届けて、俺の一日はそこで終わった。
けれど、話はそこで終わりじゃなかった。