Trick or Treat?
「人気者は大変だねえ」
嫌味なほどに上機嫌な口調でそう言って、臨也は奇麗な笑みを浮かべる。
「てめえ……何しに来やがった」
先程までの幽との時間を邪魔された様な気分になって、静雄の顔に青筋が浮いた。けれども臨也はそれを気にする様子もなく、わざとらしく肩を竦めて静雄に笑いかける。
「シズちゃんに会いに来たに決まってるじゃない」
「帰れ」
「釣れないなあ。せっかく、シズちゃんにあげようと思ってコレ、持ってきたのに」
「あ?」
コレ、と言って臨也が軽く持ちあげたのは、幽からもらったものと同じような、薄いピンクの箱だった。
「パンプキパイ。シズちゃん、甘いもの好きでしょ?」
「それだけ置いて帰れ」
「ひど! せっかく買ってきたっていうのに、それはないんじゃない?」
お菓子に罪はないとばかりに言い放った静雄に、臨也は顔を顰めて唇を尖らせた。幽からの土産である白い箱を指して、不満げに口を開く。
「それ、幽くんからのでしょ。すっごい予約待ちの有名なやつだって知ってる?」
「……そうなのか?」
「あーあ、やっぱり知らない。そうだよ、それたぶん普通だったら一年待ち。どうやって手に入れたのかはしらないけど、さすがだよねえ幽くん。でもさあ、これも同じくらい人気なんだけど?」
それでも帰れって言う? そう視線で訴えられて、静雄はウンザリと息を吐いた。そんな事を聞いても追い返せるほど、非情な性格ではない。
「……恩着せがましいんだよ、てめえは」
しょうがねえなあと呟いてドアの鍵を開けた静雄に、臨也は満面の笑みで胸を張った。
「俺がどれほどシズちゃんを想ってるか、知ってほしかっただけだよ」
静雄に続いて玄関に入り、扉を閉めて再び鍵を掛けてから、静雄に箱を手渡す。幽のプリンよりは軽いものの、やはりそこそこの重みのあるそれからは、ほのかに甘い香りが感じられた。
「……サンキュ」
「どういたしまして。ところでシズちゃん」
「……なんだよ」
仏頂面で礼を口にした静雄に、臨也は上機嫌で静雄に問いを投げる。
「トリックオアトリート!」
静雄がお菓子など用意していないことは周知の上で、わざとハロウィンお決まりの文句を口にして、さあどうする、と臨也は勝ち誇った笑みを浮かべた。
けれど、次の瞬間。
「臨也」
「うん? ……ッあ!?」
静雄がおもむろにポケットから取り出したものを、口に突っ込まれた。思わず吐き出したのは、透明のセロファンに包まれた水色のあめ玉。
「ちょっ……シズちゃん何すんのさ!?」
「お菓子。欲しいんだろうが」
「ちが……ッていうか! 袋のまんまとか酷くない!?」
「うるせえ。もらえるだけありがたいと思えよ」
「……もらい物なんて卑怯だよ」
眉間にシワを寄せる静雄に、臨也は嫌味たっぷりに言葉を返した。今日、静雄がどれほど多くの人間にお菓子の類を貰っていたのか、臨也は嫌というほど知っている。
けれども、どうせ誰かにもらったもののひとつだろうと不貞腐れると、静雄は心外だと言うように眉を顰めた。
「もらった物なんて、誰がてめえにやるかよ」
その言葉に、え、と臨也は呆ける。
「じゃあこれ、シズちゃんが買ったの?」
「自分のために買ったやつだけどな」
まじまじと見つめてくる臨也に小さく頷いて、静雄はそっぽを向いた。そこまで意外そうに見られると、どこかむずむずとして落ち着かない。
「へえ……そっか。ありがと」
てのひらのあめ玉を見つめて、臨也はひとり悦に入った。
嬉しい。静雄から何かをもらえるなんて、想像すらしていなかったのに。
予想外の展開ににやりと笑った臨也は、そっぽを向いた静雄に手を伸ばした。
「ねえシズちゃん、」
蝶ネクタイをぐっと掴んで、無理やりに自分の方を向かせる。
「臨也っ……!」
不意に引っ張られてバランスを崩した静雄は、そのまま顔を近付けられて、気付けば臨也に唇を重ねられていた。驚いた一瞬、突き飛ばしそうになって、けれどもちゅうっと唇を吸われればそれも出来なくなってしまう。
静雄の力が僅かに抜けたのがわかって、臨也は唇を離した。けれどそもまま身体は離さず、引き寄せて紅くなった首筋にキスを落とす。
「っアメ、やっただろうが……」
「俺、くれたらやらないとは言ってないけど?」
ふふ、とわざとらしく言いながら、臨也は静雄を抱きしめる手にぎゅっと力を籠めた。ここまでくれば、もう静雄が抵抗しないことは今までの経験でわかる。
「卑怯なのはてめえじゃねえかよ……」
「あはは。そうかもね」
静雄の文句に笑って頷いて、臨也は内心で静雄のもらったお菓子たちに――否、お菓子を渡した知り合いたちに舌を出した。
――俺のシズちゃん、そう簡単に落とせるなんて思わないでよね。
紅くなって固まったままの静雄のぬくもりを全身で感じながら、臨也は浮足立つ気持ちを抑えて、さてこれからどうしようかと思索を巡らせた。
ハロウィンの夜は、まだまだこれから。
作品名:Trick or Treat? 作家名:ユトリ