約束、ひらり
一年前と一緒の様で、一緒ではない現実
一年間、三百六十五日、あっという間に過ぎていく“今”
もう戻ることは出来ない、変化し続ける “今”
(だから僕も、“今”を後悔しない様に、“未来”を選ぶんだ)
「本当に、行くんだな」
「…はい」
沢山の選択肢の中から、帝人が選んだ“未来”――“大学への進学”
今の世の中では有り触れた、だけど大切な選択
ただし、帝人の行きたい大学は地元でも、ましてや東京でもなく、もっと遠くにあった
それでも帝人はどうしてもその大学に行きたかった
学びたい分野に知りたかった知識、そこにそれらがあると思った
帝人の両親はというと、高校の時と同じ様に条件付ではあるものの、反対はしなかった
勉強、勉強、その上で漸く掴んだ合格通知
勿論嬉しかった、行きたかった大学だ嬉しくないはずが無い
けれども、それと同時に悲しみもあった
離れなければいけないのだ、池袋から、親しくしてくれた人達から、
(静雄さん、から)
「また一人暮らしなのか」
「そうですよ」
「心配だな…お前危なっかしいから」
「そ、そんなこと…」
「あるだろ、よく街中で喧嘩吹っ掛けられてたじゃねえか」
「昔の話です!」
くしゃり、と静雄の手が帝人の髪を撫でてくる
一年前の記憶が今と重なって、消えた
確実に変化し続ける世界で、きっとこの掌の熱やこの人の優しさは変わらないのだろう
そんなことを考えながら、帝人は眼を瞑ってこの行為を甘受した
また、会えるだろうか
また、触れられるだろうか
また、一緒にいれるだろうか
まだ、好きでいてもいいのだろうか
「帝人、」
除けられた手の向こう、薄紅が舞い散る視界の中で、穏やかに彼は笑っていた
静雄さん、声にならない言葉はすとんと心に落ちていく
別れの時くらい、笑っていたかったのにな
そう思ったら最後、ぼろぼろと透明の雫がどんどん溢れ出てきて、帝人の滑らかな頬を濡らした
静雄は一瞬眼を見開いたが、直ぐにそれは優しさを孕んだものとなる
長く逞しい腕を伸ばし、帝人の細い肢体に触れると、そのままぎゅうと掻き抱いた
帝人が短い悲鳴を漏らしたが、それはそのままぽすりと静雄の胸元に消える
「し、ずお…さ……」
「好きだ、帝人」
「っ……」
「だからずっと待ってる、お前がまた戻って来るのを」
苦しいですよ、とか
服が濡れちゃいますよ、とか
戻ってこれるか分かんないですよ、とか
さようなら、とか
大好きでした、とか
言おうとしたこと、言わなきゃと思ったこと、それら全部が消えて無くなってしまって
そして最後に残ったのは、どうしても捨てることなんて出来ない本当の想いだった
「……し、ずおさっ…静雄、さんっ」
「あぁ、」
「帰ってきます、絶対、ぜったい…静雄さんのところに」
「……あぁ、待ってる」
貴方が教えてくれた此処の桜が咲き誇る頃、また――
「静雄さん、ずっと……」
大好きです、
確実に変化し続ける世界の中で、きっと変わらないであろうその感情は、どちらからともなく重ねた唇に閉じ込めた
(散ってもまた咲き誇るように、別れてもまた、会いに)