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ワインとビールとまけいくさ

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「……ってわけでさー。いやいいね若いっていいね! お兄さんは久しぶりに自分の年齢を自覚したね!」
「…………何故、その話を俺にする。というか、まさかとは思うが俺はそのためだけに呼び出されたのか?」
「ん? そうだけど何か」
「俺はてっきり仕事の話だと思ったから遠路はるばるとだな」
「えーいいじゃんそんなん上司連中に任せときゃよー。やだやだ、顔が老けてると考えることまで老けちゃってあ、嘘。嘘ですごめんなさいドイツ待て待ってってばねえ」
「帰る」
「わかった、わかった俺が悪かったハイお兄さんの負けー! シェパードパイ焼けたみたいだぞ! なっ!」
「…………」

マッシュポテトと挽肉が奏でる芳香に心動かされたのか、ドイツは大人しく食卓に座り直してくれた。
本気で帰るつもりがあるのならこの男は物も言わずに帰るから、シェパードパイの誘惑は彼にとってはこの場に居残るための、ただの口実である。いつものことなので、フランスは言及せずキッチンへと向かう。
というより、今下手なことを言うと本気で帰られてしまいかねない。

オーブンから料理の皿を取り出すついでに、冷やしておいたビールを抱えて戻ると、男はちょうど直前まで飲んでいた瓶を空にしたところだった。グラスに注ぎもせず直に口をつける作法については色々と言いたいこともあるのだが……郷に入れば郷に従え、とはこういう時のための言葉だったか。違うか。
どうでもいいが日ごとに深々と冷え込む秋の夜、どうしてこの男はタンクトップ一枚の格好で凍りつかんばかりに冷やしたビールなぞ飲み干せるのか。

「そもそも、何故俺なんだ……お前から見れば俺とてアメリカやカナダと同じ『若造』だろうが」
「だって近所にいてすぐに呼び出せて、尚且つ適任なのなんてお前ぐらいじゃねえか」
「……適任か……? 我ながら、とてもそうとは思えん」
「スペインとプロイセンは馬鹿騒ぎするにゃいいが話し相手としてはナシだろ。ロマーノもそうだな。オーストリアとスイスは論外だ。残るっつったらイタリアとお前ぐらいだが……イタリアはなあ……あいつも別に悪かないんだが」
「理屈はわからんでもないが」
「が、は要らねえ。ま、近所に生まれちまった宿命と思って諦めてくれ」

飄々と言い放ち、フランスも自分のグラスに今年仕込んだばかりの白ワインを注ぐ。
立ち昇る芳香はやや硬さを残しながらも、朝露に濡れたバラの蕾の気配を確かに漂わせている。
数年もすればさぞ美しく開花するに違いない。職人の仕事に満足して目を細めるフランスのことを、ドイツはしばらく思案顔で眺めてぽつりと呟いた。

「しかしまあ、羨ましい悩みではある」
「羨ましいって何が……ああ。そうか」
「そうだ。酒を酌み交わすの何のと悩むにも、俺には相手がないからな。……強いて言うならプロイセンか。だが……」
「言うな言うな、わかってっから」

眉間に縦皺を寄せてしまうドイツの顔が可笑しくてフランスは笑った。
生まれたときから付き合いのあるあの青年のことを話すとき、ドイツは必ずこうだ。
別に嫌っているわけでないのは見ていればわかるのだが、いつまで経っても思春期の少年のような奔放さと繊細さを残したままの『兄』を、生真面目なドイツはどうにも扱いかねているのだろう。
何よりあの悪友が、「二人きり、しっとりと昔話を肴に酒を呑む」相手として適当かどうかはそれこそフランス自身がよく知っていた。

そしてプロイセン以外の、ドイツの血縁――などという言葉を使うのも違和感がある存在なのだが、自分たちは――と呼べる存在は、皆ずっと昔にどこかへ姿を消してしまった。フランク王国の顔を辛うじて覚えている自分などは、そういう意味では幸運なのかもしれない。
そこまで考えたところで、フランスはふと思う。

「……言われてみりゃあ、俺もそうなのか」
「何がだ?」
「だから男親とサシで呑んだことがないってやつ。なんだフランク王国の野郎、考えてみたら親らしいことなんざ何一つしてねえなアイツ」

思えば自分が酒の味を覚えた頃、あの男はもういなかった。
育ての親と呼べるだろうフランク王国が、アルコールを好んでいたかどうかさえ知らないのだ。

それを寂しいと思ったことは、多分ない。
ただ、今、この瞬間になってようやく、もう少しだけ長く存在してくれていれば良かったのに、と。
酔っ払ったフランク王国の姿も見てみたかったな、と、ほんの少しだけ残念に思う。
生き方と戦い方の他、何一つ教えてくれなかった男だったけれど。

「だってのに、なんかな……なんでだろうな。いざ自分がそんな立場になったら、されてもねえことをしてやりたくなるってのはよ。俺たちにも父性本能なんてもんがあるのかね?」
「…………」
「なんだよ黙るなよジャガイモ野郎。なんかすげえオッサン臭いこと言った気になるだろ俺がよ」

すまない。そう言ってドイツは再び沈黙してしまう。怒ったようなその表情は、ついさっき話題がプロイセンのことに及んだときのそれと相似だった。困惑と、躊躇。

違うんだ、俺はそんな反応が欲しかったわけじゃない。
フランスは思うが、ではドイツに、この生真面目が服を着て歩いているような男に、今のようなとりとめもない話をして一体どんな答えを望んでいたというのか。気の利いた反応が欲しいなら、多分最初からドイツを話相手には選んでいなかった。では何を?

――わからない。

わからないものを要求することはできないので、フランスは、何故か味のしなくなった白ワインを干して今度はロゼのボトルに手をつける。使い込んだティルブッションはほとんど無意識に動き、シールを剥がした瞬間に広がる甘い芳香が少しだけフランスの気分を上向かせた。

わからないものは考えたところでわからない。
わからなかったところで多分、重大な問題は起きないだろう。
ならばこれは、別に今考えなくてもいいことだ。

実に合理的な三段論法によって、フランスは早々と意識の向き先を淡いバラ色のワインに変更した。
無駄な努力は放棄する主義である。

「てかドイツ、お前そのボトルまだ半分も飲んでないのか? 遠慮すんなよ、気の利くお兄さんはちゃんとお前んちのビール買ってきてあっから。ダースで」
「ああ、俺はいい……今日は、それほど呑むつもりはない」
「は? 珍しいな、このビール星ジャガイモ国ソーセージ郡の出身者が、」
「お前が」

思わず目を瞬かせるフランスに、ドイツは深く嘆息する。
真っ直ぐな海色の視線と、それから無礼にも人差し指でフランスの顔を指し示して、言った。

「お前が……そんな顔をしているからだろうが」
「…………は」
「たまには周りなぞ気にせず酔い潰れてみろ、フランス。少なくとも今日のお前はどうも、そうした方がいいように思えるぞ。……幸いなことに、お前一人をベッドに運んでおく程度、俺には労働のうちに入らんからな」

そう言って、ドイツは……この無愛想な朴念仁には非常に珍しいことに、それこそフランスが天変地異の前触れかと思わず窓の外を振り仰いだぐらい珍しいことに、口元を薄く持ち上げて見せる。

驚いた、なんてものじゃない。

ドイツの笑顔など、最後に見たのは一体何十年前のことになるだろう。