緑のあんずは泣きましたか
そうだね、とまた折原臨也が頷いた。じゃあ餞に、ちょうどいいかな、と竜ヶ峰帝人は呟いた。は?と折原臨也が怪訝な顔をした。竜ヶ峰帝人はこだわらなかった。
「生きているうちに言えればよかったんですが。
折原臨也さん、僕はあなたのことが好きでした。ラブの方で。性的な意味で。」
とても無意味な告白は、きっと泣きながらしたらもっと素敵だっただろう。けれど、竜ヶ峰帝人は泣く必要は感じなかった。どうせ、胸のうちで飼い殺されるのを待つだけの感情である。どうでもよかった。まあ、死んだはずの折原臨也がなぜか自分の部屋になんているのだから、望みはあったのかもしれない。何にしろ、折原臨也にはもう触れることもできない。どうでもいいことなのだろう。それも、これも、どれも。
数秒たってから、竜ヶ峰帝人の言葉を把握したらしい折原臨也が、少しだけ顔を赤くしながら、なにそれ、と言った。それから、どういうこと、と続けた。
どういうこともなにも、と思いながら、竜ヶ峰帝人は無表情に、そういうことです、と答えた。おぼえてろよ、と悔しそうに折原臨也が言った。
はい、と竜ヶ峰帝人はていねいに頷いた。
そのうちに、うすぼんやりとした折原臨也はさらにうすぼんやりとして、やがて、消えた。最初からなにもなかったみたいに消え失せた。竜ヶ峰帝人がそれを言うのを待ってたみたいに、きれいさっぱりと。
何もなくなったその空間を、竜ヶ峰帝人はしばらく眺め続けた。もう、うすぼんやりとした輪郭の、死んでいた折原臨也はいなかった。最初からなにもなかったみたいに。
最初からなにもなければよかったのに、と竜ヶ峰帝人は呟いた。聞き咎めるにんげんは、もう誰もいなかった。竜ヶ峰帝人は、すこしだけ、予定調和みたいに、泣いた。
作品名:緑のあんずは泣きましたか 作家名:ロク