GUNSLINGER BOYⅤ
君は知らない
「みーかーどー君っ」
「わわっ」
待合室の椅子に座ってぼーっとしている所をいきなり女の子特有の高い声と共に背中をつかまれ、帝人は意味もなく両手をばたつかせる。
振り返れば赤毛の少女が無邪気に笑っていた。
「み・・・美香ちゃん」
「どうしたの?そんな暗い顔して」
「・・そりゃ・・定期検査の前だし、憂鬱にもなるよ」
二人とも、着用しているのは白い検査用の服。目覚めたばかりのころは日常的に着ていたものだが、今ではこれを着ると足元がスースーして落ち着かない。
それにこの服を着るイコール検査なので帝人はこの格好になるだけでもう気分が沈む。
義体の機能や不具合を調べる定期検査。帝人が心から苦手とする数少ないものの一つだ。
とにかく、疲れる。
最初に検診用アンケートを書いてちょっとした質問に答える以外は体を調べている間も条件付けの具合を調べている間も意識はないので目覚めれば全て終わっているのだが、
目覚めた後の疲労感は任務や訓練の比じゃない気がする。
脳の奥が麻痺するような感覚と全身を襲う倦怠感。おまけに必ず目が泣きじゃくった後みたいに赤く腫れている。
別に自分の顔にこだわりはないけれど、そんな腫れた目で臨也さんに会うのは嫌だ。
「美香ちゃんは、検査苦手じゃない?」
「うーん、確かに疲れるけど。検査の後ってお休みがもらえるから誠二さんと一緒にのんびりできるしまぁいっかーって感じかなぁ?」
「そっか・・・」
「・・・やっぱりみかど君、検査とか関係なしに元気無いよ~」
「え? そ、んなこと、ないよ」
「あるよ。な~んか、失恋した乙女って感じっていうか」
「お・・乙女って、そんな!
・・・・ほんと、普通にしてるつもりなんだけど、そんな風に見える?」
もしそうならば本気で恥ずかし過ぎる。
「ん~・・・そうでもないけど、なんとなくそんな感じかなって」
・・女の子の勘は本当に恐ろしい。
ため息をつくと、美香は帝人の顔をうかがい見るようにして言った。
「もちろん誠二さんは世界で一番大事で愛して愛してるけど、みかど君は同じミカ仲間だし同い歳だし、心配してるんだよ?」
「ミカ仲間って・・・うん、ありがとう」
この同じ歳で義体として先輩の少女はちょっと(?)変わっているけれど、何かとこちらを気遣ってくれる優しい娘だ。
そして、ちょっと怖いくらい鋭い。
「臨也さんと、何かあったとか?」
「・・・・何にもないけど、何にもないんだ」
「そっかぁ・・・・」
帝人の答えに美香は何かを悟ったのか、あいづちだけ打って帝人の隣の椅子に座った。
本当に、
何も変わったことは無いけれどモノクロのように味気ない。
淡々と訓練をして、任務をこなして、ただそれだけの日々だ。
義体としてはそれで何の問題も無い。満足するべきなのに・・それでも、思う。
前は、こんなんじゃなかった。
臨也さんと話すこと、教えてもらうこと、全部が楽しくて、温かくて、ぬくもりを確かめながら眠っていたのに。
もうずっと昔のことみたいだ。
何かを学ぶ度、任務をこなす度に頭を撫でてくてた手はもう、無い。
「美香ちゃんは、不安になったりしない?」
「不安?」
「僕たちの心って・・どこにあるのかなって。
好きな気持ちも嫌いな気持ちも、全部作り物なら、僕たちの“本当”って、どこにあるのかな?」
吐露するように言うと、少女はにっこりと笑った。
「わたし、誠二さんが好きだよ。愛してる。それがわたしの全部なの。
嘘とかホントとかどーでもいいの。
誠二さんを見るとキャーってなってぽわーってなって、この人を守れたらもうそれでいっかーっなんてっああもう誠二さん・・・・っ!」
うっとりと語る少女が、帝人にはうらやましかった。
かわいらしい少女は恋する姿だってさまになっている。
「みかど君も臨也さんのこと好きなんでしょ?」
「っ・・・・・・」
問いに小さくうなずいてから、うつむく。
「でも・・・僕みたいなのがそんなことで悩んでも、気持ち悪いだけだよね。
臨也さんにも迷惑みたいだし」
臨也だって、自分みたいなのよりもかわいい少女に好かれる方がいいに決まっている。
それまでは弟に接するように優しくしてくれたのに、
きっと段々強まっている帝人の気持ちに気持ち悪くなって態度を変えたのだろう。
悪いのは、自分の分をわきまえなかった帝人の方だ。
義体は担当官が自分と担当官の間に引いた線を踏み越えてはいけないのに、無意識に踏み越えてしまっていたらしい。
いっそ自分が女だったら、もっと臨也に愛してもらえたのだろうか。
・・そんな無駄なことを考えてしまう自分が嫌だ。
本当は、自分は臨也さんを守れればそれでいいはずだ。役に立てれば、それでいいはずなのに。
愛して欲しいだなんてそんな欲、必要ないのに。
条件付けの副産物。幻覚の愛なのに・・苦しくて、仕方ない。
もしかしたら今日の検査でどこか異常が見つかるかもしれないなんて思う。
体にめり込んだ銃弾を取り除く時みたいに、この欲も取り除いてもらえればいいのに。
美香は帝人の様子を見てため息をつき、やれやれと首を振った。
「ほんっと、二人とも頭はいいはずなのに不器用で鈍いんだから。どう考えたらそうなるのかな」
「え?」
「だめ。こういうことは二人で解決しなきゃ意味無いんだから」
唇に人差し指を当てて微笑まれても、何が何だか分からず首をかしげることしかっできなかった。
作品名:GUNSLINGER BOYⅤ 作家名:net