彼はしらない
名前をただ呼ばれて耳にかるく歯を立てられる。それだけで何をされるか十分すぎるほど知っている俺がどうなってしまうのか、そんなくだらないことばかり知りすぎている指がボタンを上からひとつずつ外していく。彼の指を覚えている体がさわってほしいと先にねだる。俺は振り返ってしまいたい衝動と戦って、顔を枕に押しつけ、ひとつ息を吐いた。こらえ性のない体が熱っぽくなっているのが解って恥ずかしくてたまらなかった。まるで俺がそうするまで待っていたかのように彼の指が胸をいじる。小さな声がこぼれて、ふいに泣きそうになる。
俺を愛していると言うくせに、俺のことなんて何ひとつとして彼は知らない。ただひとつ、肌の温度でさえも。
(そして同じく、俺もしらない)
(彼のことをきっとあいしているのに)