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いつか貴方と歩く日を

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事の始まりは最近だったと思う。
何事にもチャレンジ精神旺盛で馬鹿なことばかりしていた兄が、
物事に対しておっくうになっていたのは。
休日には仕事も放り出し遊べ遊べとうるさかった兄が、
自室にこもるようになったのは。
イヴァンのことを鼻で笑い馬鹿にしておきながら、
兄自身が一番壁を恐れていたと俺は思う。
それを見て、正直俺は拍子抜けした。何も恐れるものはないいんだと思っていたから。
大きく見えた背中があまりにも小さく弱々しく見えたから。
兄もそれを察していたのだろう。俺の前では強がっていた、と思う。
だからそのときは気付かなかったんだ。
大切なものがいつの間にか、手からすり抜けていたことに。






アントーニョに殴られた記憶がある。
確か手紙を読んでから本当にすぐだったと思う。フランシスにも怒られた。
「何で・・・何で行かせたんや!!」
突然家に押し入ってきたのを覚えている。
「おい。勝手に入るな。ここは「んな事聞いてるんやない!!何でって聞いとるやろ!!」
あんなアントーニョは見たことがなかった。いつもはへらへらしているあいつが、
人一人殺せるような迫力をまとっていた。
「アントーニョ落ちつけ。ルートが困ってんだろ」
「うるさい! こんなときに落ちついてられるお前がおかしいんやろ!!」
なだめるフランシスの声にも耳を貸さない。
「大体聞いとる事にも答えられんのか!?
 お前本当「落ちつけって言ってるだろ!!」
鶴の一声、とはまさにこのことだった。フランシスの怒声がアントーニョを黙らせた。
「で、ルート。俺たちは聞きたい事があって来たんだ」
いつものフランシスだった。怒りの感情を除いては。
「聞きたい事?」
「ギルちゃんがどこに行ったか、知らない?」
相変わらずアントーニョは俺を睨んでいた。それより嫌なのは、
フランシスの探るような瞳だった。
「兄貴?
 兄貴なら一人旅に「あ~、もういいよ」
諦めたように溜息をつくフランシス。
何故だ、何故こいつに溜息をつかれなくてはいけない。その前に何故アントーニョは
怒っているのか、フランシスは尋ねるのか、全てが分からなかった。
「本当、何も知らないんだね。弟のくせに」
「待て待て。知らないって何だ。何の話かもさっぱり分からん」
「ギルの事に決まっとるやろ!!」
           
            『ガタンッ』

一瞬、本当に一瞬だった。アントーニョの拳が俺の頬を捕らえ、
その衝撃で倒れこむ。一気に頭に血が上る。
「何するんだ!!」
立ち上がった瞬間聞いたのは、あまりにも残酷な真実だった。
「ギルちゃんね、イヴァンの所に行ったんだよ」
フランシスの声だった。
「お前を守りたいからって。今じゃ力も何もないけど、
 お前が悲しむのを見たくないからって。昔も今もその思いは変わらないって。
 だけど、もうお前を守れそうにないから、何もできないから、
 俺たちにお前の事を頼むって頭下げてったんだ」
俯きながらフランシスは言った。
「お前の事、好きだったんや。俺様で不憫でいっつも馬鹿やるあいつでも、
 お前を思う気持ちは誰にも負けへんとか俺らに自慢しとったし」
アントーニョは泣いていた。先ほどの迫力には比べ物にならないほど悔んでいる姿で。
兄さんが・・・俺を・・・・・・?
それはあまりにも受け止めがたい事実だった。

作品名:いつか貴方と歩く日を 作家名:奏音