いつか貴方と歩く日を
その日から、本当に兄さんは帰ってこなかった。
一日経っても、三日たっても、1週間経っても、1か月たっても、
帰ってこなかった。
あるのは少し広くなった家と、三匹の犬だけ。赤い歯ブラシも、
小鳥模様のマグカップも、兄さんが買ってくれた少し派手目な洋服も、
書庫にある何百冊もの日記も何もかも変わらないのに、
中心の兄さんがいなかった。中心がないのに物だけはあり続けた。
思い出は在り続けた。兄さんが好きだった小鳥も何もかも。
「なぁ、小鳥。兄さんは何で、何で俺に黙っていたんだと思う。
俺、弱かったか。幼かったか。兄さんを支えていると思ったのは、
俺だけだったか。支えているつもりで、支えられていたか。
なぁ、どうなんだろうなぁ」
今となっては、全て後悔だった。問い詰めても答えるはずもないのに。
何も変わらない、ただ中心がいないこの家で。
兄さん
俺は貴方が好きだったよ
昔は強くてかっこよくて
俺は弱くて幼くて
そんな俺を守ってくれる兄さんが誇りだった
いつの間にか兄さんの背を追い越して
そのときすねていた兄さんも覚えているし
わがままそうな赤い瞳も
言い訳だけは達者な口も
何かたくらむ表情も
全てが好きだった
守らなくていいんだ
守ってほしいんじゃない
歩いてほしい
一緒に戦って 一緒に悩んで 一緒に傷ついて
それで俺は良いと思う
支えるとか支えられるとか
どうでもいいと思う
だから
俺は走る
いつも俺を守るために
さきを歩いていた貴方に追いつくために
いつか貴方が戻って来たとき
一緒にスタートできるように
貴方と歩く日を夢見て
作品名:いつか貴方と歩く日を 作家名:奏音