恋文
私は奇跡というものを好みません(私は愚図で物臭である上に、酷い臆病者です)。骨も肉もばらばらに砕け、軋みきったこの肉体が、それでも尚鼓動を続けているというこの事実を、現実として冷静に捉えております。
何故なら私は、私の命の灯を司るものの正体を知っています。それは決して奇跡などではありません。私を今日まで生き永らえさせたのは、あなたへ捧げた愛、愛すると誓った意志の力そのものです。
たとえ人々に奇妙に思われ、厭われようと、私は己の歪んだ妄想を消し去ろうとはしませんでした。私の愛は永遠に私だけのものであり、私は強い意志を持って、それを貫く決心をしたからです。
そうして私は今尚性懲りもなく、時折あなたを夢に見ては、一人満足を覚えています。
あの夏の夜に、あなたの横顔を誇らしく眺めたことは、やはり命を捧げるに値する正しい選択であった。たとえあなたが私を再度望まずとも、私はこの生を後悔せぬ為に、あなたを愛し続けるでしょう。
これが私からあなたへ向けた、最後の打ち明け話です。
私はあなたの言い付けを守り、至極静かに日々を過ごしています。元々の出不精が幸いし、病院暮らしもそう退屈とは思いません。
あなたの弟は、私に大変よくして下さいます。時折不躾な物言いや、難しい要求をされることもありますが、あなたが仰っていた通り、根は優しく正直な方です。そもそも私の置かれた状況を考えれば、これ以上は望むべくもありません。
最近、無理を言って病室を海の見える東端に移して頂きました。あなたを隠した海原は、夏の日差しを受け、油膜を張った様にぎらぎらと輝いています。
そうして私は即座に己の世界に浸り、煌めく海中に身を投げ、あなたの暮らす本国に繋がるだろう水底に、じっと横たわる。そんな妄想を巡らせます。
それ以上の尽くし方は、やはり愚図の私には、とんと向かない気がするのです。