恋文
私はあなたをお慕いしていました。
あなたの瞳にどうにか映ろうと、つまらない見栄をはり、自分を大きく見せようとしたこともしょっちゅうでした。
しかし聡いあなたは、次第に私の無理や嘘に気付き、その都度叱って下さいました。菊、と鋭く呼ばれ、不機嫌そうな顔で睨まれたりなどしますと、私は叱られている筈が、変に嬉しかったものです。
そんな有り様でしたので、あなたが本国へお帰りになった日は、私は身も世も無く萎れ、明日の夜明けも厭う程でした。
やがて私達が袂を分かち、立場を異にしてからも、私はあなたに叱られる夢をよく見ました。夢のあなたは、現実と変わりなく優雅であり、少々意地っ張りな物言いまでそっくりな姿で私の前に現れました。
その時の私の喜び、そして一人目覚める朝の絶望は、どちらも筆舌に尽くし難いものがありました。
丁度その頃を境に、私の一人遊びは益々ひどくなっていったのです。
嘗てあなたを迎えた玄関で、共に眠った寝室で、幾度かご案内したことのある図書室で、私は常にあなたの姿を探し求めるようになりました。願っても叶わぬと知りながら、静かな夜には、あなたの声が聞こえはせぬかと耳を澄ませました。
妄想は順序も果てもなく、ただ私を内側から容赦無く締め付けました。
しかし、こと戦場となると、話は全く別でありました。あなたは私の同朋に牙を剥く時、ちらとでも私の事を思いましたでしょうか。恐らく、その様なことは無かった。私がそうではなかったように。ですから、私が云わば「真っ当」でいられたのは、戦場に身を置く間だけだったと言えます。