三尺秋水(パロ)
空から人が降ってくるなんて、昔読んだ夢物語の中だけだと思っていた。
けれど、今俺の腕の中には、空から降ってきた綺麗な衣装を纏った、それはそれは美人な蒼い髪をした女がいた。
女は目をパチクリさせて驚いたようで、何故自分が人の腕の中にいるのかを不思議に思っているらしい。
「大丈夫か?」
尋ねてみると、女は周りをきょろきょろと見渡した後に、小さく頷いてみせた。
つんつんと女が俺の腕を突くので、どうしたのだろうと見ると、どうやら下に降ろして欲しいらしいことが分かった。
俺はそっと彼女の足を地面につけてやる。
「ありがとう。助かった。」
そう綺麗に笑って言った声は、女にしては心なしか低いというか、むしろ男に近い声をしていた。
こんこん、と見慣れた家の扉を叩くと、すぐに紫の髪を見事に結い上げた、ここの家の主の弟子が、ひょこりと顔を覗かせた。
「相さんはまだ身支度をしていらっしゃるので、いくら潤様でもお入れするわけには参りません。」
「身支度?そんなのいつも手伝ってるんだから今更だろ。」
問答無用。といった風に少女を押し退けて家に入ると、奥からこちらへ向かう足音が聞こえてきた。
「佐藤殿、手伝って下さい!」
現れたみごとな蒼い長い髪をした男は、女物の着物を身体に引っ掛けて立っていた。
「せめて軽く着てから出て来れないのか…。」
「だって、佐藤殿の声が聞こえたから急いでしまって…。」
えへへ。と笑う彼に、俺はため息をついた。
これが初めて会った時に女だと勘違いした男だった。
「絞めてやるからこっちへ来い。」
手招きをしてやると、幼い子供のように、喜んで歩いて来た。
何で女物なんだ、面倒臭い…と最初の頃は思っていたが、もう大分慣らされてしまっており、今では男物の着物を着られると違和感を感じてしまうほどだ。
それに、なんと言うか、こいつは男物を着るとはだけさせる癖があるため、妙な色気を放ちはじめる。
「佐藤殿?」
博に声を呼ばれ、我に返ったため、予想以上に力が入ってしまい、帯がぎゅうと博を締め付け、博がうめき声をあげた。
「ひどいよ…。」
目に涙を溜めた博は、瞼を閉じ、ほろりと雫を頬の上に転がした。
「あぁっ!潤様、相さんをいじめるのは止して下さいと再三申し上げているではありませんかー!」
突然大声を上げた葵は、髪に刺さっていた簪を抜き取ると、潤に向かって鋭い先を振り下ろした。
シパン!と素早くその手首が弾かれ、簪が飛ぶ。
「葵………………。」
いつもより鋭く、重い声が室内に響く。
カタカタと葵は震え、ガクリとその場に膝をついてしまった。
「簡単に簪を人に突き刺してはいけないといつも言っているよね?」
何となく、怒り方が間違っている気がするが、俺は放って仕上げに取り掛かった。