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INTERLUDES

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カインは険しい表情のまま、視線を落として歩き続けていた。


 アレンは一度振り返ったが、それを認めるとまた前を向き歩みを続ける。
 先導するアレンも、やり場の無い憤懣が自分の中に渦巻くのを、苦しい思いで噛み締めていた。


 意見が食い違うのはいつものことだった。


 アレンは主張し、カインは反論する。
 カインの怜悧さはアレンにとって瞠目に値するものだったが、ひとたび戦闘状態に突入した状況ではアレンに圧倒的な主導権があった。

 アレンは彼に、前衛に出ることを絶対に許さなかった。

 ひたすら守りに徹しさせておき、単体の敵は自分一人で倒し、一撃で倒せない複数の場合に限り、カインに魔法攻撃を許可した。
 だがそれすら許さず、回復のみに専念させるため、魔力を温存させることさえしてきた。

 それはカインにとって、屈辱以外のなにものでもないと痛いほど解っている。
 だが、膂力も体力もアレンに劣るカインは、行動を共にする以上それに従わざるを余儀なくされているのだ。

 街を目の前にして襲ってきた魔物を斬り伏せた時もそうだった。





 街道は寂れ、旅人の物だったらしい装束や荷物の残滓が、日常的な魔物の襲撃のさまを見せつけている。

 漂ってくる刺すような蟻酸の匂いに、思わず足が止まる。
 と、同時に、外骨格を軋ませる音と共に、牛ほどもある巨大な蟻が藪から飛び出してきた。

 一瞬早くカインが反応した。

 咄嗟に印を結び、呪文を組み上げるため息を溜める。

「だめだ!下がってろっ!」
 次の瞬間にはアレンが眼前に立ちふさがっていた。

 乾いた中空の枝を叩き折るような音がして、後肢で立ちあがりかけた巨大な蟻が大きく前のめりに倒れた。
 次の瞬間、狂暴な大顎が弾けるように振り上げられる。頑丈な革鎧すら薄紙のように引き裂くほどの大顎を、ガシガシと噛み鳴らしながら、無事な方の脚を使ってさらににじり寄って来る。
 目に止まらぬ動きで、アレンのニ撃目が振り下ろされ、間髪を入れず、さらに剣も折れんばかりに眉間に叩きこまれた。

 さしものアレンですら、巨大な虫が持つ装甲のような身体に、一撃では致命傷を与えるにはいたらなかった。
 ギチギチと空を掻いて蠢きつづける歩脚も、やがてぴくりとも動かなくなってはじめて一息つく。







 そして、背後を歩く口数が少なくなったカインは、いまや本当に沈黙したままだった。
 あたかもアレンから距離を置くかのように歩を遅らせている。

 それも仕方が無い―――。

 カインの気にそぐわないのはわかっている。
 だからといって、アレンはその気積りを変えることはできなかった。

 やがて旅に慣れ、力をつければ共に力を合わせて強大な敵にぶつかることもできるだろう。
 だがまだ旅は始まったばかりだった。
 剣を扱いなれた自分ならいざ知らず、生命力を精神だけで繋ぎとめたような王子の安全は最優先されるものだった。

 しかし、なぜか、今のアレンは、自分が何かとてつもない過失を犯してるような気がしてならなかった。



 賑やかな人通りをそれ、二人して閑静な脇道に入り、宿への道筋を辿る。角を折れたところで、また習慣のように、背後のカインを振り返る。

 数小路先まで見通せるその街路にカインの姿は無かった。

 はぐれるほど急いで先に進んだわけではない。

 嫌気がさして別行動をとったのか?
 いや、カインがきまぐれだったとしても、そこまで子供じみた振る舞いをするはずはない。
 店先や露店に何か興味があるものでも見つけたのか。


 例え自分に無断で別行動を取ったにせよ、追いかけてまで捜し出す必要はどこにもなかった。
 この街に一軒しかない宿に泊まることが決まってる以上、何かあってもそこで待ち合わせればいい。
 なにも慌てることはないとアレンにはわかっていた。

 さすがに体力に自信があるアレンも、今は自分がひどく疲れているのを感じた。
 一刻も早く宿に落ち着き、ひとまず荷物を降ろしたいと思った。

 だがアレンは来た道を引き返して、カインの姿を求めて駆け出した。


 過失を犯してる感が、抑えようも無い不安となって膨れ上がる。


 今しがた曲がってきた角を逆に辿って折れ、古びた店の並ぶ小路に飛び込む。
 軒先に背を預けるカインと、その前に覆い被さるように立ってその顔を覗きこむ男が目に入った。

 アレンが近づいても、熱心に話しかける男は振り向きもしなかった。
 男が話す声が聞こえてくる。

「……なんだったら俺と一緒に来るか?……」


「そこから離れろッ!!今すぐ!!」


 アレンの怒声に、男が跳び上がって振り返った。

 その男の襟首を掴み、カインから引き剥がすように通りの中央へ投げつけると、巨漢が軽々と転がって突っ伏した。

 背後でカインの低い声が上がる。


「何しやがる!俺はただ親切に……」
 起き上がって口を拭う男は、睨みつけるアレンの気迫におされ、四つん這いになって逃げ出し、すぐに見えなくなった。

「カイン、大丈夫か?!」
 覗き込むと、カインの熱い息を感じ、アレンは思わず顔を引いた。

 俯きかげんに壁にもたれたカインの息は浅く速かった。

「悪いな、ちょっと眩暈がひどくて……」

 壁に背を預けたまま、滑らせるように、地べたに腰を落として座り込む。

 アレンはあわてて屈み込み、カインの額に手をかざした。

 その熱さに驚愕し、ここまで気付かなかった自分に対し、歯噛みをしたい思いに駆られる。

 なんという迂闊さ―――!

「どうしてもっと早く言わなかったんだ!」

「怒鳴るなよ。大丈夫、よくあることだから……」

 遮るように、カインが手をかざす。


 アレンは顔から火が出るような思いで、カインが落とした荷物を拾い集める。
 本当に怒鳴りつけたいのは自分自身に対してだった。


 必要最低限とはいえ、野営を前提にした装備は手軽とはいえないものだった。
 愚痴一つこぼさず、ここまで持っていた相手のことを思うとひどく胸が痛んだ。

 両腕に荷物を下げると、カインの前に背中を向けてしゃがみこむ。

「背中に負ぶされ。とにかく宿に落ち着こう」

「やだよ、みっともねぇ」

「格好なんか気にしてる場合か!」

「じゃ、自分で歩く……」

 片手を地面につき、カインは立ち上がろうとした。

 持ち上げる自分の体が、何倍もの重さに感じられる。
 吐き気がするほど頭痛がひどい。
 周りをとりまく世界が大きく回っているようだった。

 足下で地面が丸々と膨れ上がったかと思うと、次の瞬間に大きく沈み込む。

 平衡を失ってよろめくカインを、アレンは荷物を振り落として、咄嗟に両手で支えた。
 二の腕を両方掴むと、薄い生地を通して、カインの高い体温を感じる。

「だから無理するな―――」

 カインの体は、膝の力を失ったように、そのままアレンの腕の中に崩れた。


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