あなたが銀河に戻るまで
扉が開く音がする。入ってきた刹那は、ティエリアがいるのにひどく驚いた様子で、「もう起きていたのか」、とティエリアに尋ねた。「夢の所為で、寝た気はあまりしないが」、とティエリアは答える。
刹那はティエリアの隣にやってきて、同じように窓の外を見た。二人の間に沈黙が下りてくる。気まずくはなかった。心地よい沈黙だった。外の星が僅かに揺れている気がした。ここの空気と、同じように。
「ここからじゃ」、と刹那が言う。「見えないな」、火星。
ティエリアは、ふ、と噴出して、それは無理だろう、と刹那に言った。「ここから、どれくらい離れてると思ってるんだ」。刹那は、「実際に見たことはないが、それでも、確かに記憶にあるんだ」と言う。まだ少年兵として戦争に参加していた頃だったか…、ひどく疲れた時に見た夢だったのか、本当によく解らない。「でも、確かに火星だと、聞いたんだ。誰かに。誰かかはわからない、けど、赤い星だった。ひどく、綺麗な」。
ティエリアは、其処まで聞いて、彼の言うことはやはり本当だったな、と思った。「刹那、知っているか」、とティエリアは刹那に問うた。「いつかは忘れてしまうんだ」。
でも、顔も声も色も言葉も名前すら忘れても、居たってことは最後まで忘れない。
「いつか見に行こうか」、と、ティエリアは刹那に言った。刹那はよく分からないまま、曖昧に頷く。
窓の外で、静かに星は瞬いていた。帳のようにおりていた沈黙が、ふ、と優しく揺れた。気がした。刹那はティエリアの横顔を見つめた。ティエリアは窓の外を、その奥を、ずっと向こうを見つめていた。ふと、どこかで見た気がする、と刹那は思った。
たとえば、白昼夢の中で。
そうだったな、とティエリアは微笑んだ。
「いくらでも、と約束したからな」
作品名:あなたが銀河に戻るまで 作家名:みかげ