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candycry

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深夜の展望室、トレーニングをするでもなく、ゾロは右足だけをベンチに乗せた格好で横向きに腰掛け、窓の外を眺めていた。雲の隙間からわずかにこぼれる月明かりが、室内をはかなげに浮かびあがらせる。空も海も墨を刷いたように黒く、その境目をなくしていた。
何が見えるわけでもない。波の音もこの高さにまでは届かず、ゾロはただ薄闇の中で、静謐なひと時に身を委ねていた。ヴァイオリンの音色を心地よく響かせてくれる新入りの音楽家も、今夜はおとなしく眠っているようだった。
新しい船には、それぞれの居場所が作られていた。ルフィに船首があるように、ゾロにはこの、展望室兼ジムが用意されていた。誰に気兼ねすることなく鍛練ができるこの場所を、だがゾロとは違う理由で気に入った男がいた。
「面白ェもんでも、あったか」
一人でいた空間に、新たな声が不意に訪れる。静寂を波立たせたそれに驚くこともなく、ゾロは抑揚のない声音で「べつに」と答えた。
「……ふぅん」
ゾロの答えに納得しているのか、そもそもどうでもいい問いかけだったのか、気のない返事をして、その声の主―――サンジはゾロの前まで歩み寄って足を止めた。ゾロは動かない。顔を外に向けたまま、サンジの方を見ようともしなかった。


ウォーターセブンを出航してから―――つまり新しい船になってから、サンジは暇を見つけてはこの展望室に上がってきた。もちろんゾロがいるときを狙ってだ。
誰の目も届かない、二人きりの空間を、一味が乗る船内で得られたことが、サンジにはとても嬉しいようだった。
ベンチにゾロと並んで座り、顔が近づき唇が触れる直前、二人きりなんだぜ、と言ったサンジの、うっとりした声ととろけそうな顔をゾロは思い出す。
そうして、新しい船になってからも、二人は何度も肌を重ねた。声も音も気にしなくていいというのは、ゾロにとっても都合がよかった。
だがあるときを境に、サンジはゾロがここに一人でいても、上がってこなくなった。あるとき―――スリラーバークを出航してからは。


ゾロはシャツを着ていたが、ただ袖を通しただけという格好で、前のボタンはひとつも留められていない。ときおり開いている窓から風が吹き抜けて、シャツの裾をひらりとはためかせる。そのたびにちらちらと見える素肌から、サンジは耐えかねたように目を逸らした。
少し前まで包帯まみれだったその身体、更にサンジの記憶はさかのぼり、血にまみれて立っているのも不思議なほどだったゾロの姿を瞼の裏によみがえらせる。
言葉もなく、ただ、そうしてサンジはゾロの前に立ちつくしていた。
ゾロはサンジの方を見ない。だが目線だけは外の闇へと向けたまま、意識はずっとサンジの気配を追っていた。サンジがこの展望室に上がってきたときも、気づいていてゾロは身じろぎすらしなかった。ゾロから声をかけてくるのを待っていたのか、サンジは展望室に足を踏み入れても、しばらくは黙ってそこに立っていただけだった。
今も同じだ。入ってきたときと違うのは、立っているのがゾロの前だということだけだ。
おれを責めているのか、とゾロが思うほどに、サンジはここ数日―――正確に言えばゾロが目覚めてから今まで、あからさまにゾロを避けていた。あのときのことを一味の中で知っているのは、少なくともゾロが知っている限りではサンジだけだ。責めているとして、ゾロが首を差し出したことに対してなのか、身代わりになろうとしたサンジを気絶させたことに対してなのか、それとも両方か、ゾロには分からなかった。
「てめェの野望はどうした」と、言ったサンジの声は怒りによるものか震えていた。憎まれ口をたたきながら、いつだって、サンジはゾロの野望を尊重していた。その野望を自ら手放そうとしたゾロを、許せないのかもしれなかった。
だというのに今、サンジは距離を詰めている。手を少し伸ばせば届く、そんな傍までこられて、ゾロは内心で動揺していた。
サンジがここに入ってきたときに、「何しに来た」と訊けばよかったのかもしれない―――風は吹き抜けるのに、この沈黙に息苦しさすら覚えて、ゾロは珍しく気弱にそんなことを思った。
サンジは何も言わない。ゾロは動くことすらできなかった。
作品名:candycry 作家名:やまこ