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moria

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「竜ヶ峰君、黒沼君、さようなら」
思い思いに歩を進める人混みの中で、園原杏里は大人しめに笑顔を見せた。
「杏里先輩、さようなら!」
「また明日、園原さん」
手を振る少年二人の言葉に応える様に、杏里は黒髪をさらりと揺らして頭を下げる。
そのまま背を向けて人混みに紛れてしまえば、もう彼女が何処にいるか視認することすら難しかった。少年らはそれを確認してから振っていた手を下ろす。どちらともなしに歩調を合わせて歩き出すのは、もう随分と一緒に歩いているのだということを窺わせた。
薄く広がった雲は空を淡く覆っている。雨が降るかもしれない、空を仰ぎ見た。
池袋の街は今日も人間で溢れている。俄かに冷え込み始めた空気に身を震わせながら、青葉は笑顔で帝人に語りかけた。
「紀田正臣が姿を見せなくなって随分経ちましたね。もう帰って来る気、ないんじゃないですかアイツ」
「仕方ないよ、まだダラーズが綺麗になってないんだから」
当たり前のように判を押したように帝人はそう言う。妄信してるなぁ、と青葉は帝人の笑顔を見つめた。
それだけは頑なな帝人の言葉に、青葉は、表情にはおくびにも出さずにこの人を扱う一点になるかもしれないというそのことばかりを考えていた。嫌いかと言われれば決してそうではない、むしろ好ましいと断言しても良い感情を帝人に抱きながら、それでもなお自分は寝首を掻くつもりなのだと青葉は再認識した。
どうやら自分の牙はまだ抜けていないらしい。この好意が愛情であれ同情であれ、情に流されるなどということはしたくなかった。
青葉は帝人に悟られないように安堵の息を吐き、鞄を抱え直すと、なんてことない話題を口に乗せる。そろそろ寒さが身に沁みますね、陽が落ちるのが早いですね、冬に近くなったんでしょうね、先輩風邪をひかないでくださいね、心配して言ってるんですよ、夏が終わって、もうこんなに時間が過ぎたんですね。
茶番のような日常会話を繰り返しながら影を踏む。帝人の一歩後ろで、地面に落ちる影を踏みつけながら地面に目を落として青葉は歩いた。
「カゲフミ、ってどきどきしません?」
縫い止めようと思っても、するりと逃げちゃうんです。歩道に落ちる帝人の影を追いかけながら青葉は言う。
「影って人間の魂っても言うし、踏めるわけないんですけどね」
でももしも縫い止められたら、って毎回思うんですよ。独り言のように話す青葉に、帝人はふうん、と気の抜けた返事をした。
「先輩もそう思いません?自分にその人を繋ぎとめていられたらって」
魂の先っぽを踏んで、縫い止めて自分の手の届く場所に。帝人なら絶対に共感できる欲望ではないかと、期待を持ちつつ反応を窺う。前を歩く帝人はただゆるく笑んでいるだけだった。
「青葉君、なんだか子供みたい」
半身だけこちらを向いた帝人に笑みを含ませながら言われ、青葉は頬を膨らませる。何か言いかえしてやろうと口を開きかけて、群衆の向うからやって来る黒い人影に気がついた。
「先輩、前」
「え?」
黒坊主のような影は軽い足取りでこちらへ向かって来る。その姿がはっきりするにつれ、帝人は喜色の面持ちを、青葉は渋面でもってその人物を迎えた。
「やぁ、こんにちはお二人さん」
上から下まで真っ黒な格好をした男だった。
「臨也さん?」
臨也と名前を呼ばれた男は夕暮れで微かに赤く染まる視界で、夕陽を背にして胡散臭い笑みを浮かべている。灰色と茜色で構成された夕暮れの曇天の下に立つ男は、辺りの景色をいっそう寒々しく見せているようでもあった。
「何の用ですか」
警戒したように青葉は言う。心なしか声も硬い。
対する臨也はにやけた笑みを浮かべたまま、
「何、少し話があるだけさ」そう言った。
「話すことなんて何もない。行きましょう先輩」
嫌悪感も露わに青葉は帝人の手を取り、臨也から離れようとするが、それを遮ったのは今しがた青葉がその手を掴んだ帝人だった。
「そんな態度とっちゃダメだよ、青葉君」
心の底からそう思っているであろう帝人の真っ直ぐな視線にも、帝人から全幅の信頼を寄せられていい気になっている臨也の嘲ったような顔にも辟易して、青葉はぎりりと唇を噛んだ。それでも黙ったのは、ひとえに帝人が自分を制したからである。青葉は帝人に逆らえない。
「信用されてないのは悲しいね。俺はただ、帝人君の手助けをしたいだけださ」
手助け、と帝人は口の中だけで呟く。大きく見開かれた瞳は、言葉の意味をよく理解していないようで、臨也の口が緩慢に開かれるのをただじっと見ている。笑みの形に歪んだ口を開いて臨也はひどく優しく囁いた。
「俺もダラーズの一員だし、帝人君が創始者だということを知ってる数少ない人間でもある。帝人君の『粛清』手伝ってあげるよ」
はっと帝人の目が見開かれる。
「なんで、それを・・・」
驚愕に見開かれた目を、呆然とした口調を愉快そうに眺めながら臨也は再び口を開く。
「やだな帝人君、俺は情報屋だよ?それくらいとっくに掴んでるって。それよりどう?俺がいれば今よりずっと楽に『粛清』が進むんじゃないかな」
悪魔のようだ、そんな感想を抱きながら青葉は臨也のにやけ面を睨みつけた。甘言で他人を惑わし操り思うがままに事を進めようとする。一体何を企んでいるのやら知れたものではないと青葉は帝人に向かって言い放つ。
「こんな奴の言うことに耳を貸しちゃいけません、先輩。どうせまた何か企んでいるんだ」
臨也と帝人の間に体を滑り込ませて、帝人を庇うように立つ。その様子を「忠犬だねぇ」と皮肉って、臨也は青葉の肩越しに帝人に問いかけた。
「どうだろう、帝人君。俺は君の力になりたんだ」
「先輩、騙されちゃダメだ」
各々の訴えを聞きながらしばらく俯いていた帝人は、ぎゅうとバッグの紐を握り締め何やら考え込んでいるようだった。折原臨也という人間のこと。自分達の動向を調べられていたという事実。何より彼はダラーズにとって有益か否か。ゆっくり顔を上げた帝人の口元は緩く弧を描いていた。
「臨也さん、力を貸しては頂けませんか」
「帝人君が望むなら」
臨也はいっそう笑みを深めた。それを受けて帝人は僅かに相好を崩す。
「青葉君も、いいよね?」
「……先輩がそう言うなら」
青葉は何か言いたげに口を開くが、結局声になることはなく同意の言葉だけが滑り出す。こちらはいかにも不承不承といった様子である。帝人の前に立っていた体を後ろに引くと、帝人はにこやかな笑顔を浮かべたまま臨也に手を差し出した。
握手をするように伸ばされた手を臨也は握り返す。にこやかな表情の帝人は「これから宜しくお願いします」と目を細めた。
「こちらこそ」と臨也も薄く笑む。臨也の視界の端では帝人の横に並んだ黒沼青葉が至極平生な顔をして二人の遣り取りを眺めている。すました表情の奥で目だけがぎらぎらと光っている。猛烈な猜疑心と嫉妬心が見え隠れするそれに、分かりやすいものだと臨也はいっそ感心すら覚えた。
作品名:moria 作家名:nini