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だから、側に居て

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プロローグ



「明日世界が滅びると仮定する。そのうえで、君がどのように最後の一日を過ごすか書きなさい」



忘れもしない、現代国語最初の授業だった。帝人は今でも時々その問題文を思い出す。
高校に入学して、これからの高校生活に思いを馳せながら迎えた、その一番最初の授業。そんなの普通は、自己紹介とか先生の雑談や、これから先のことについての意味のない説教なんかに終わるものだと思っていたのに、教室に入るなりその先生は、問答無用でプリントを配ったのだった。
「俺は現国の折原。かったるいねえ最初の授業。ねえそう思わない?俺もやる気でなくってさあ、仕方がないから適当に終わらせることにしたよ」
人を食ったような口調とは裏腹に、彼の動作は俊敏でてきぱきとしていた。思わずその手の動きに釣られた生徒たちは、はじめのうち彼の容姿が相当整っていることにも気づかなかっただろう。帝人はといえば、後ろの席だったせいか、それとも最初の言葉を聞き流していたせいか、ぼーっとそとを見ていた視線をようやく教師に向けたときには、すでにプリントは配り終わったあとだった。
ふと、顔を上げた教師と、目と目が合う。
眼鏡の奥のその瞳の、背筋がゾクリとするような深い色合いが・・・目に焼き付いた。
「質問は一つ。その答えを俺に対する自己紹介のかわりとみなすのでそのつもりで。あんまり酷いのは容赦なく再提出させるから、ある程度は真面目に書くように。では、はじめ」
ぱん!と叩かれた手のひらの音に、はっとしたように生徒たちはプリントに向かった。あまりにも流れが鮮やかで、すっかり雰囲気に飲まれてしまったようだ。帝人もまたつられるようにプリントに目を落とせば、そこに並んでいた文字列。
それが冒頭の質問だった。


「明日世界が滅びると仮定する。そのうえで、君がどのように最後の一日を過ごすか書きなさい」


プリントにはただその一列しかなく、A4の大きさの紙はほとんど白い。線も無いということは、絵でもいいと言うことなのだろう。生徒たちが少しざわついて、動揺しながらもシャープペンを走らせる音が微かに耳に届いた。
帝人は質問の意味を捉えかねて、もう一度、窓際にイスを移動させて足を組む教師の方を見つめる。すでにやる気が無いのか、堂々と文庫本を開いて読みふけっているその姿は、まるで一枚の絵画のように、春の日差しに似合っていた。癖の無さそうな黒髪が光にあたってきらきらと輝く、その様子を見ながら、帝人は感嘆の息を漏らすしかない。
さすが都会。教員のレベルも高いらしい。そんなどうでもいいことを考えつつ、ボールペンを手に取り、カチリと鳴らす。
明日世界が滅ぶ、そのストーリーを空想する。そうしてその中に自分を当てはめる。なんて非日常だろうか、そんな中に身をおいたなら、自分はどんな行動を取るだろうか。
さらりと、ペンを走らせる。
一文字目が書き出せれば、その後は早かった。こうしたい、ああしたい、と思うことと、多分こうなるだろう、ああするだろう、と思うことは全く別の問題だ。帝人はその両方を思い描いた上で、決して自分を過大評価などしなかった。
一気に書き上げてペンを筆箱に戻し、帝人は頬杖をついて窓際で文庫本を読む教師の姿を見つめた。春の日差しの中、とても暖かそうなのに、その眼鏡の奥の目だけが冴え冴えと冷え切っているような印象をあたえる男。
名前、なんと言っただろうか。帝人は思い出そうとしてなかなか出てこないその教師の名前について考えることにした。まだ三十分以上残っていた授業時間はゆうに潰れ、そうして帝人は結局、休み時間になるまで教師の名前を思い出すことができなかったけれど。




人生、何が誰にどう作用するかなんて予測できない。
次の現国の時間がやってきたのは、二日後の水曜日のことだった。
チャイムが鳴ると同時に教室の扉を開けた折原教員は、ぐるりと教室内を一周見渡し、おもむろに口を開いた。
「四十五点」
は?と生徒たちがあっけにとられる中、つかつかと中央の教壇まで歩き、その伸びやかな指でチョークを握る。まっ更な黒板に、大きな文字が踊った。
平均点、四十五点。
カツッ、と音を立ててチョークを置き、折原教員は振り返る。
「残念ながら四十五点でも、一年の他のクラスよりは平均が高いんだから困るよね。君たちさあ、もう少しイマジネーション能力っての、鍛えたほうがいいよ?あと見当違いの妄想力は自重しなさい。まず問題文の読み方からやり直せって感じだよね」
溜息と同時に吐き出された言葉は辛辣極まりない。帝人は最初の授業の時に抱いた、彼に対する柔らかなイメージを見事にひっくり返されて、目をぱちぱちと瞬かせた。
「問題文、なぁんにも難しいことなんて無いでしょ。明日世界が滅びると仮定する。そのうえで、君がどのように最後の一日を過ごすか書きなさい。これ以上無いくらい簡潔だよね?明日滅びるのが確定なの、わかる?目覚めたら全部夢だったとか、誰かが頑張って滅亡を回避するとかいらないの。大木、小松、滝沢、井上、斉藤、再提出。物語として面白かったらそれなりに点あげてもよかったけどね」
つかつかと足音を響かせて、教師はプリントを該当する生徒に突き返す。帝人の斜め前にも突き返された一人が座っていたので思わず目で追えば、プリントにはでかでかと5点という文字が赤のサインペンで書かれていた。
容赦が、ない。
「ついでにいうなら、俺が問いかけてるのは君の一日の過ごし方であって、世間の一日じゃないの。他の人がどうとか、そういう余計なことは一切いらない。小平、一ノ瀬、青柳、叶、佐々木、弓削、遠野、再提出」
ビシバシとプリントを突き返す教師の動きは、スムーズで無駄がない。まだずいぶん若そうな外見だけれども、ずいぶん手馴れた印象をうける。もしかして童顔なだけで、歳はいってるんだろうか、なんて余計なことを考えていた帝人の視界の中、教師はもう一度生徒たちを振り返った。
「これは君たちの自己紹介と受け取る、と俺は言ったはずなんだけど、ほんと、問題の意味をきっちり理解している人間少なくて嫌になるね。君たちさあ、本くらい読むんでしょ?文章理解出来ないって、人間として致命的じゃないの?そんなんでよく入試問題の意味分かったよね、不思議だなあ!」
いっそ愉快と思えるほど小馬鹿にされている。帝人はもう一度目をぱちくりさせた。この男は、一体どういう男なのか判断が上手くつかない。
「というわけで、今日の授業は読書。図書室に移動して本を読むこと。宿題は原稿用紙一枚分の読後感想文、次回の授業までね。クラス委員いる?」
「っは、はい!」
急に呼びかけられて、帝人は慌てて立ち上がった。杏里も一拍遅れて手を上げて立ち上がる。教師は帝人と杏里を交互に見つめ、じゃあ先に答えた方、と帝人を指さした。
「原稿用紙、資料室なんだ。取りに行くから一緒にきて。もう一人のクラス委員は生徒たち図書室に移動させて。何でもいいから本選ばせて、読ませてて」
「はい」
杏里が先に動くのを確認して、帝人も恐る恐る教師の元へ近づいた。さっきまでの様子を見ていると、とても仲良くできそうな教師とは言いがたかったからだ。けれどもそんな帝人の様子を見て、教師は軽く吹き出すと、
作品名:だから、側に居て 作家名:夏野