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だから、側に居て

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「何もとって食いやしないよ。こっちおいで」
と手で示し、歩き出す。
帝人は慌てて、クラスメイトたちが向かう図書室とは反対方向へと、教師の後を追った。資料室というのは、各教員に自由に使って良い小部屋があてがわれているらしく、その総称なのだそうだ。聞いてもいないそんなことを話しながら、教師はずらりと並ぶドアの中から、138とプレートに書かれた扉を指さした。
「ここが俺の資料室。覚えておいて」
「はい」
素直に頷きながら、他の教員はプレートに名前を書くのに、どうして彼は数字を書いているのだろうかと帝人は思う。疑問は、扉を開けながら教師自ら解決してくれた。
「ああ、俺名前が臨也だから」
「え?」
「いざや。数字にすると138、ってわけ」
「ああ、なるほど」
面白いな、と単純に感心した帝人に、臨也はとりあえず中へどうぞと促す。本棚と、奥にデスクが在るだけのシンプルな小部屋に足を踏み入れた帝人の後ろで、臨也はピシャリと扉を閉めた。
「さて、竜ヶ峰帝人君」
呼びかけは、耳に心地良く響く低音。
「はい?」
振り返った帝人の目に、あの冴え冴えとした瞳が向けられ、ひたりと視線が合わさった。
「君は、百点だ」
おめでとう。
そんな言葉と共に、プリントが差し出される。
「え?ひゃく・・・、百点!?」
一瞬意味がわからずオウム返ししかけて、帝人は思わず叫んだ。自慢ではないが、百点などとったことは片手で足りるほどしかなく、しかもそのほとんどは小学生の時の記憶なので、実感がまるでない。
返されたプリントをまじまじと見つめてみるが、やっぱり赤のサインペンで大きく書かれた花まると、「100」という数字が堂々とそこにあって。
「え。何で、」
顔を上げたそのとたんに、顎をつかまれて顔ぐいと上を向けられた。突然の接触に、何をされたのかよくわからなくて瞬きをした帝人の表情をゆっくりと見つめて、臨也は笑う。
「じっくり顔を見たいと思ってたんだよね、竜ヶ峰君。こんな答えを書く生徒ってどんな顔をしてるんだろうかって、実に興味深かったよ」
「え、っと」
よく考えればこれは、小さい女の子が背の高い彼氏とキスするときなんかの体勢じゃないだろうか。それに思い当たると、途端に気恥ずかしくなってくる。と、丁度いいタイミングで臨也は手をはなして、代わりに帝人を奥の椅子へと促した。
「君の答えは完璧だ、最高だよ。俺が今まで見てきた中でもダントツだ。初めて花まるなんか書いてみたけど、気分がいいもんだよねえ」
戸惑帝人を押すように、デスクの椅子に座らせると、臨也はのんきに珈琲メイカーのスイッチを入れる。帝人は驚いて時計を見て、今が授業中だと言うことを目で訴えたが、臨也は全くどこ吹く風という顔で笑ってみせた。
「ご褒美に俺がおいしい珈琲入れてあげる」
「あ、あの・・・?」
「ああ、大丈夫大丈夫。ここって意外とゆるい学校だから」
そういう問題ではないのだが。っていうか授業中で、みんな図書室にいるんだけど。しかし臨也の笑顔は有無を言わせぬ迫力があり、帝人は諦めて椅子に深く座り直す。これはとことん付き合わなくては納得しないタイプ、というのが伝わってきた。
「その・・・、採点の基準って、なんなんですか」
帝人はいたたまれない気持ちで視線を泳がせつつ、とりあえずそんなことを尋ねた。
「俺の好みだけど?」
そして、そんなふうに切り返されて、余計いたたまれなくなる。なんだそれは。仮にも点数のつくもので、そんな曖昧な基準でいいのか?
「国語ってさあ、便利な教科だよねえ。酷く曖昧で空虚だ。この時の作者の心情を答えなさい、この時の登場人物の考えとして正しいものを選びなさい、知るかっつーの」
マグカップを用意しながら、臨也がそんな暴言を吐く。仮にも現国教師としてその言葉はどうなんだと思うものの、口にする勇気はなかった。
「最終的には作者の思うところなんか作者にしかわかんないし、登場人物の思考回路だって作者の頭ん中にしかないでしょ。それなら採点の基準は完全に、出題者の意向に沿うわけだ。だったら俺の好みで採点して悪いことなんか一つもないでしょ」
「は、はあ」
屁理屈だ。
思ったけど口にはしない。そんな帝人に、ますます臨也は笑を深める。
「君の答えは素晴らしい」
それから帝人の手から、さっき渡したばかりのプリントを取り上げ、その美声で堂々と朗読をする。


「混雑も乱闘も嫌いなので家にいます。外へ出る勇気はないです、明日死ぬと分かっていても命はやっぱり惜しいから。多分、表立って取り乱しはしないでしょう。ああしたい、こうしたいと思うことがあっても多分できないと冷静に判断もつくはずです。つまり消去法で、家にいます。世間の様に暴れてしまいたいと思いながら、大声で泣き叫びたいと思いながら、最後なんだから思い切ったことをしたいと思いながら、どれも小心者なのでできません。取り乱すなんてみっともない、という顔をして辛うじてプライドを保ちます。そして本当はかなり泣きたい気持ちで、みっともなく正々堂々とふて寝します。だって、眠っているうちに死ねたら苦しくないんじゃないかって思うから」


自分で書いておいてなんなのだが、かなり情けない答えだと思う。どこが気に入られたのか全くわからない。そう思っている帝人に珈琲をさし出して、臨也は完璧だ、ともう一度つぶやいた。
「手に取るように想像できたよ、君がこの通りのことをする様子を」
そうして満足そうに、自分も珈琲をすする。
それが採点基準だとでもいうのだろうか。いや、きっとそうなのだろうけれど。帝人は落ち着かない気分のまま、差し出された珈琲を一口いただくことにした。もとからブラック派だからいいものの、砂糖なしじゃ飲めない人間だったらどうするつもりだったんだろうか、と少し考える。
「君は面白いね、実に面白い」
臨也は、そんなことを言いながら眼鏡をするりと外し、デスクの上にそれを置くと、まっすぐに帝人と目を合わせる。


「もっと君について知りたい、と思わせる。不思議な魅力の持ち主だ」


その言葉の意味について。
帝人は上手く、整理を付けることができずに息を飲む。もっと知りたい、だなんていうのは、教師が特定の生徒に向けて言うセリフなのだろうか、と考える。逆ならあり得るはなしだけれど。そう、生徒が教師を知りたいと思うのならば、いくらでもそのへんに散らばっているありがちな話なのに。
「・・・折原、先生・・・?」
不思議だった。ただただ、その存在が帝人にとっては不思議でたまらなかった。自分で言うのも何だが,帝人は今まで誰かに特別視されたことなど無い。魅力が在るだなんて言われたのだってこれが初めてだ。本来なら社交辞令で流すべきセリフと、自己評価の低い自分ならためらわず判断するはずだった。
それなのに、なぜ。
「っあ、りがとう、ございます」
なぜ。
その言葉が真実であると、言葉通りであると。分かってしまったのだろう。


臨也は笑う。それはそれは美しく、春の日差しのように。
そうしてその目だけが、やっぱり冴え冴えと帝人を見据えていた。


作品名:だから、側に居て 作家名:夏野