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喰らふ

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 唖然とした家康は、ひとり取り残されたまま立ち尽くしていた。
「……阿呆面だな」
 それを眇めた眼で眺めた三成が言う。
「足音も声も煩くてかなわん。興が削がれた。無粋にもほどがある」
 平坦に批判を連ねる声が、いつもに比べてやや掠れているのを意識した途端、
 ――家康の頬がかあっと赤く染まった。
「す、すまん三成!」
 頬の熱さでそれを悟り、慌てて自分の腕で自分の顔を隠しながら、家康は思わず謝った。
「その、ワシはそういうつもりでは――」
「……知るか。うるさい。さっさと去ね」
 どこか濡れた眼で家康を見つめる立ち姿は、常の鋭さに加えてたゆたうような淫靡さを含む。家康はいっそ茫然として、熱を持った顔を隠したまま、小さく後ずさりしながら言った。
「お、おまえ、も、男だったんだな……」
 それは家康の素直な驚嘆だった。少年のような幼い声で、馬鹿馬鹿しい驚きを露わにしてみせた家康に、ふと、それまでは鬱陶しがるばかりだった三成の興味が惹かれた。よくよく考えてみれば、この反応こそおかしい。初心な幼子ならまだしも、これも立派な男だろうに。
「……なんだ、貴様は興味がないのか?」
「いやっ、そういうわけじゃなくてな」
「女か。それとも稚児が好いのか。奥にまだ三人いるが、貴様も要るか」
 家康は与り知らぬことではあったが、三成は滅多にその行為を必要としない。そのために、偶に所望した時には部下たちが勢い込んであらゆる類の者たちを用意するのだ。三成はあくまで対象には興味を持たないため、特に拘りなくそれらを相手するのが常であった。
「さんっ……」
 絶句する家康は、顔面に血を昇らせて眼を瞠っている。こうるさく、厄介で、常に陽を背負っているような、普段の泰然とした男の姿はかけらも見当たらない。そのことが小気味よくて、三成の機嫌を押し上げた。
 つう、と眼を細めて一歩踏み出せば、家康は気圧されたように同じ分だけ後ずさる。その背が壁に当たった。三成はもう一歩踏み出し、相手を追い詰めるようにゆっくりと身を寄せながら、
「それとも、――混じるか」
 掠れた声がちろりと舌を見せながら囁いた言葉に、家康は心底悲鳴をあげたくなった。
「あ、あのな三成……っ、邪魔したのは悪かった!ワシが無粋だった!だからな――」
 さらに顔を染めあげて、家康が叫ぶ。
 三成は、誰だか想像がついていた騒々しい闖入者を追い払いに来ただけであったのだが、この反応には思いのほか興が湧いた。気分が乗るままに、しつこく顔を隠そうとする腕を掴み、払いのける。現われた顔にはまだ色濃い動揺があり、しどろもどろといった様子で何かを口にしようとしていた。

 その唇に、三成は歯を立てて喰らいついた。

 しん、と静寂が降る。
「――――――ッ、」
 次の瞬間、声にならない声で叫ぼうとした家康の舌をかり、と噛めばそれは怯えたように引っ込もうとした。それを己の舌で巻き込むように掬いあげれば、うう、とくぐもった唸り声が漏れる。
 相手が顔を振ろうとするのが煩わしく、三成は家康の首を無造作に掴んで、背にした壁に叩きつけた。また喉の奥で悲鳴があがる。
 見開いていた眼を今は皺が寄るほどきつく閉じた男は、三成の舌から逃げ回るのに必死で、暴れることも忘れてしまったように固まったままだ。
 三成が逃げ惑う舌を追うのにも飽きて、代わりに上下の歯列をゆるりとなぞれば、ひくりと家康の腕が痙攣した。
 その反射に己の手足を思い出した家康が、渾身の力を込めて三成を突き飛ばそうとする。同時に予期していた三成はあっさりと唇を離して身をかわした。
 はっ、と荒い息を吐いた家康は、半ば腰砕けで壁に寄り掛かったまま、零れ落ちんばかりに見開いた眼で三成を凝視する。
「あ、―――お、お前、三成、なに、を―――」
 つまらなそうな顔で、三成は口の端を舌で拭う。乱雑でありながら色めいた仕草に、それがついさっきまで己の口内にあったことを意識してしまい、家康はもう助けてくれと誰かに泣きつきたい気持ちになった。
 そんな家康に対して、突然の暴挙を行った同輩は、やはりつまらなそうに口を開く。

「家康、貴様。 
 絆、絆と結び合うことにうるさいわりに、不得手なのだな」
 
 三成は、淡々とした口調で言い放った。
 家康はもう一度固まった。
 ようは。 

 へたくそ、ということだ。

 そうして、勝手に奪われて勝手に幻滅されるという、あまりにひどい状況に返す言葉もない家康が茫然としている間に、三成はさっさと寝所へ戻って行ってしまった。


 よろめきながら自分の居室へ戻った家康は、どうにも悶々としながら夜を迎え、何か消化のしようがない悔しさを腹に抱えたまま朝を迎えた。
 どう考えても、三成がひどい。
 家康とて経験がないわけではない。だが、いきなり同僚相手にあんな状況に陥って、咄嗟に超絶技巧を返す奴がいたらここに連れて来てみせろ。
 家康は、心の底からそう思った。
 だがその憤りをぶつける場所はなかった。
 翌日、けろりとした顔で軍議で顔を合わせた三成は、まるで家康のことを意識していなかったのだ。
 決して忘れているわけではなかったが、戯れに傍らの男へ噛みついたことなど、まったく彼の中では些細な、それこそ歯牙にもかけないことだった。
 そうと知った家康の中で、何かがぷつりと切れた。

「………三成、お前。」
「何だ」
「――――覚悟をしておけよ」

 妙な凄みを湛えながら微笑む家康に、三成は何のことかと怪訝な顔を見せるばかりであった。
作品名:喰らふ 作家名:karo