恋情/矛盾/欲望
第2章 苛立/恐怖
「帝人先輩、好きです」
悪意の無い顔をして青葉は帝人にそう告げた。
「そう、嬉しいよ」
だから帝人も通常営業で返す。
「やだなぁ、帝人先輩。僕は本気なんですよ?」
ニコニコと後輩はそんなことを言ってくる。
他人の恋心も知らないで。男相手に本気ならそんな笑顔で言えるわけが無いというのに。帝人は苛立たしげにそう考えた。
勝算--相手の気持ちが自分に向いているという確信--があるならば、男が男に告白する時も笑顔で出来ることもあるだろう。
でも、今回はそうじゃない。帝人は青葉に恋をしていない。
そんな素振りをしたこともない。
だから青葉の好きだという言葉は嘘だ、本気じゃないと帝人は結論づけた。
「そんな、好きとか嘘吐かなくてもいいんだよ?君と僕の間には契約があるんだから」
帝人はそう言いながら青葉の掌を見やる。
「愛があるフリなんてしなくてもいいんだよ?」
愛とか恋とかで僕を縛り付けたりする必要はないんだよ?
そう言外に含めながら帝人は目の前の自分よりも童顔の少年に圧力をかける。
「やだなぁ、違いますって。本当の本気で帝人先輩が好きなんです」
それでも、まだ青葉はニコニコとそんなことを言ってくる。
(ああ、イラつくなぁ。)
「本当の本気?なら抱かせてよ」
そんな言葉が口をついて出ていた。
帝人は我に返って後悔した。
何を言っているんだ、僕は。青葉だって引いているに決まっている。
そう思いつつ帝人は青葉の顔を見やる。
それなのに。
「…抱いて、くれるんですか?」
そう聞いてくる青葉は、さっきからのニコニコよりも明るい笑顔をしていた。
その瞳には期待が篭もっている。驚きも入っている。熱っぽいものも含まれている。
それを見て帝人は一瞬硬直した。
ああ、本気なのだ。彼は僕が好きなのだ。と思ってしまった。
理解してしまった。
「ごめん、僕には好きな人がいるんだ」
詫びて、真摯な態度で接することにする。
本気の告白をしてくれたなら、自分も本気で言葉を返さなければならない。
それは、帝人にとって当たり前のことだからだ。
嘘は吐かない。ただ、好きな人と言っているだけだ。
きっと青葉を『好きな人』を杏里のことだと思ってくれるだろう。
そう確信していた。
それなのに、次に青葉から出てきた言葉で帝人は先ほどよりも長引く硬直を味わうことになった。
「紀田…正臣ですか?」
何故、どうして?帝人の頭には疑問符ばかりが思い浮かぶ。
杏里を好きなのだと青葉が勘違いをしてくれると思っていたのに。
青葉はさっきから全く帝人の思い通りにならない。
大体、青葉は正臣に会ったこともないはずだ。
それなのになぜ?
帝人の疑問符ばかり浮かんでいるだろう顔が面白かったのだろうか。
青葉は笑い出した。くすくすと。
「好きな人の好きな人って、嫌でもわかってしまうものですよね」
わかりたくなんてないのに。
そう言う顔は先程までの笑顔とは違って自嘲気味だ。
青葉の好意がひしひしと伝わってきて帝人は恐怖を感じた。