恋情/矛盾/欲望
第4章 歪/歪
ただただ、帝人の冗談を本当にしたかった。現実にしたかった。
あなたが言ったんですよ?
「なら、抱かせてよ?」と。
じゃあ、抱いてください。
責任を取ってください。
自分の言葉に責任を持ってください。
冗談だとわかっていても。ただ口をついて出た言葉なのだと理解していても。
取る必要のない責任だとわかっていても。
ここにつけいらないなんてただの馬鹿だ。
馬鹿じゃないならお人好し。
生憎俺はそんな人間じゃない。
つけいれることは確実につけいれる。
騙せるところがあるなら騙す。
利用できるものがあったなら躊躇せずに利用する。
だからキスをした。
帝人は反抗の印として青葉の舌を噛んだ。
二人の口内に血が流れる。
それでも唇は離れない。
口内に血の味が広まる。
青葉は自分の血の味を感じながら、帝人も同じように自分の血を味わっているのだろうか、と思う。
そして願う。
自分の血が帝人の体内に吸収されることを。
帝人の体を作る一要素に成りうることを。
それが叶うならば、どんなに素敵なことなのだろう、とも思う。
「…ふっ」
帝人の口から漏れる吐息にその唇を貪っていた少年の心が震えた。
いつも想像していたその姿よりも、その声よりも何倍も何十倍も心が刺激された。
唇から唇を離し移動させる。
頬に耳に首に。
「は、離せっ!!」
帝人は自分を翻弄しようとする目の前の自分よりも童顔を持つ少年を引き離そうと頭に手をかける。
しかし、少年は動かない。
あまり筋肉がついていなく、大きく体格が変わらない二人の少年の勝敗は意志の強さで勝敗が決まった。
つまり、後輩の目の前の先輩への欲望が勝った。
意志が勝った少年は、欲望の対象の少年の手の力を弱めさせようと帝人自身を擦った。
「っ!!?や、めっ!!」
頭にかけられた手の力が急激に強くなり、次第に弱くなる。
帝人自身が大きくなっているのが手から伝わる。
ファスナーを開けてそれを取り出す。
ごくっ、と青葉の喉が鳴る。
興奮してしょうがないと目が言っている。
「あお…ば…くん」
帝人は怯えたような目をしている。
(ああ、そんなに怯えないで下さい。あなたはただ快感に酔って下さればいいんですよ?)
「俺のことを紀田正臣だと思えばいいんですよ」
帝人の耳元で悪魔が囁く。
「そんなこと…っ!!」
悪魔の囁きで帝人の目が見開いた。
自分が聞いたことが信じられないのだろう。
青葉は持っていたバンダナで帝人に目隠しを施した。
「俺の顔が見えないほうがいいでしょう?」
(俺は帝人先輩の目が見れなくて残念ですけど)
「声も出さないほうがいいなら出さないようにしましょうか?」
その方が紀田正臣と勘違いできるなら。
帝人が従順に青葉を抱けるように。そのためなら青葉はなんでもすると決めた。
(そう、何でも出来るんだ。この状況を今後も作り出すために。1回目がどんなものになろうと大丈夫。あなたの脳内では紀田正臣になりきってみせますよ)
帝人は青葉の言葉には返事をしなかった。
困惑しているのだろう。
返事は無くても青葉は必要最小限の言葉しか発しないことにした。
自分の上着を床に敷いた後、肩に手を置いて帝人をそこに横たわらせる。
衣服を脱がせて、脱いだ。
「青葉くん…」
帝人の口から帝人の身体と精神を翻弄している人物の名前が発せられる。
紀田正臣だと思って狂ってくれていいのに、まだ帝人は目の前の人物を青葉だと認識している。
帝人自身を口で愛撫する。
「う、わぁっ!」
あなたの大好きな非日常で紀田正臣に愛撫されていると思ってくださいよ。
犯したい侵したい侵食したい身体を精神を。
あなたが好きです。
あなたに愛撫出来ていると思うだけでなんて幸せな気分になれるのだろう。
いつからか帝人の抵抗は全くなくなっていた。
その事実が青葉の心を沸き立たせる。
「イ…クっ!」
帝人のその声を聞いた時、衝動的に目隠しを取りたくなったけれど青葉は自制した。
青葉の口内に帝人の精液が放たれた。
それを青葉は実に美味しそうに飲み込んだ。
そろそろいいだろうか。
帝人の先走りと自分の唾液に塗れた指で自分の中を解していく。
自分で自分を解していくのは初めてだけれど、出来ないことはない。
帝人の精液で中を潤すことに背徳感を感じる。
そのうち、帝人に解してもらうことを期待する。
今日は自分でするけれど、いつかはしてください、そんなことを青葉は思う。
それを叶えるために今日は快感に酔いしれてくれればいい。
紀田正臣を抱いていると思ってくれていい。
青葉は帝人を咥え込んでいく。
困惑しているような帝人を見下ろして何ともいえないような感覚を味わう。
いままでヤッていた中でこんな感情を持ったことは無かった。
なんだろう。征服したという錯覚?でも、実際身体を侵されていっているのは自分だ。
独占しているという実感?でも、帝人の心は『黒沼青葉』で埋められているわけじゃない。
理解できない感情に支配されている。
でも、充足感はある。帝人は何を思っているのだろう?
帝人の大きさに慣れてきた青葉は律動を開始する。
少しでも気持ちいいと帝人に思ってもらえるように。
動いて帝人の性感帯を刺激する。
「ま…まさ…お…みっ」
帝人の唇から紡がれるその言葉に傷つく権利など自分には無い。と青葉は理解している。
自分からそうしてくれと言ったのだから。
帝人は青葉に「じゃあ、抱かせて」と言ったけれど、果たして帝人は紀田正臣に抱かれたかったのだろうか抱いて欲しかったのだろうか。
そんな疑問が青葉の頭の中に浮かぶ。
自分の紀田正臣に対する欲望から抱かせろと言ったのか、それとも自分が本気で好きな男には抱いて欲しいと思っているから本気だったら僕に抱かれてみろと言ったのだろうか。
そんなことすらわからずに帝人を銜え込んでいる自分は馬鹿みたいだ。
本当は紀田正臣に抱かれたがっているとしたらどうするつもりだ。
でも、きっと抱くのも抱かれるのもどっちでも良いんだ。
自分が帝人なら抱いてもらえるのでも、抱かせてもらえるのどちらでもいいように。
大事なのはどちらかってことなんかじゃなくて相手が誰かということなのだから。
今まで相手はどうでもよく快楽さえ与えてくれればそれでよかったのに、今幸せを味わっているように。
ああ、本当に馬鹿みたいだ。
相手が大事なのだとわかっていながら、好きな人には自分だと思わなくていいと言っているなんて。
それでも、気持ちがないとわかっていながら体が欲しかった。
事実が欲しかった。
告白を冗談で終わらせたくなかった。
一刀両断されたくなかった。
繋ぎとめていたかった。
今、青葉の目がちゃんと帝人を捉えられていないのは快感からくる涙のせいなのかそれとも愚かさからくる涙なのだろうか。
声が出ないように唇を噛み締めて、涙を拭う。
帝人が感じている声を出して、顔をしているのがたまらなく嬉しい。
二人で一緒に達した。
息が整わないうちに帝人に施していた目隠しを青葉は取り去った。
帝人が感じている顔を見たかった。
抱いたのは紀田正臣ではなく、黒沼青葉だと理解して欲しかった。
どうしても我慢できなかった。