【DRRR】月夜の晩にⅡ.5【パラレル臨帝】
建物の屋上でススキがサラサラとなびき、軽やかな音色を奏でている。
それが一般常識的な光景ではないと知らされつつも、それを見慣れた目にはごく自然なリラックスできる空間だ。
池袋という大都会の、こんなド真ん中に緑化事業や簡易菜園目的でない屋上改築が行われているのは、恐らくここだけだろう。
それも、1年に1週間程度だけここにやって来る少年1人のためだけに。
「……臨也さん、お金って、とても得難いものなんですよね?」
「んー?どうしてそんなこと聞くの?」
「いくら僕が前に感動したからって、こんな準備してるなんて思ってもみなかったですから」
屋上のススキ野原がよく見えるよう大きなガラス貼りにされたリビングは、差し込む日差しで明るく照らし出されていた。
部屋の奥まで直射することはないものの、斜めに入り込んだ光は、問いかける帝人の目をキラキラと刺激する。その眩しさに目を細め、長い耳をやや伏せた。
いつもピンと立っている白く細かな毛に覆われた耳が下がると、何となくいつもよりも幼い印象を受ける。
と言っても、このウサギのような耳と尻尾を持つ生き物、月ウサギなる種族は、この外見幼稚園児~小学校低学年の姿で成人しているというのだから不思議だ。
「まあ、臨也さんのススキのおかげで、あの時ちゃんと成人の儀を終え、僕は正式に今代の”帝人”として認められましたけど」
「正式?君、生まれたときからそうなんじゃないの?」
PC前の椅子に座り、ゆったりとハーブティーを飲んでいた臨也が振り返る。
コーヒーでないのは、朝日の昇る良い天気の下、これから睡眠に就こうというところだからだ。
夜行性である帝人に合わせ、ニンゲンの臨也は、こうしてリラックス効果のある物で眠気を誘い、体のリズムを昼夜逆転をさせている。
「そうなんですが、”帝人”の本来の役職は地球へ渡航しての情報収集と、その整理・伝達、月での応用にあります。成人してようやくそれが出来るようになった、ということでして、だから僕はこうしてまた地球に来れるようになったんですよ」
「へー。……でも去年は来なかったじゃない」
臨也は少しだけ拗ねた表情でカップを傾ける。
その姿に苦笑しながら、帝人はとてとてとその傍に寄り、臨也の機嫌を伺うようにその膝の上に顎を乗せた。そうやって耳を揺らせば、臨也の機嫌は簡単によくなり、ふわふわと優しい手つきで頭を撫でたり、耳を弄って悪戯したりするのだ。
しかし、去年の秋に帝人が訪れなかったことを、臨也は随分と根に持っているらしい。
「……去年も地球には来たんですが……」
「…っはあ!?何ソレ!?どういうこと、俺待ってるって言ったよね!?」
「それがマズかったんじゃないですか。完全に貴方が敵だと思われている状態でそんなこと叫ぶから、向こうで貴方は犯罪者扱い。去年は絶対に会うことの出来ないように遠く離れたところに落とされましたよ」
帝人が冷たく反論すれば、臨也はウッと息を詰める。
幼い子供のなりはしていても、帝人の精神年齢は確かに成人しており、いつまでも子供っぽい臨也に比べると時折、帝人の方が年上であるようにも見えることがあった。
帝人は少し柔らかい口調に戻ると、背伸びして臨也に手を伸ばす。
その意図を受け取った臨也がその手を取ると、ピョンとなかなかの跳躍で帝人が臨也の膝の上に飛び乗ってきた。ポスンと軽やかな音をたてて腕の中に落ち、笑顔で振り返る。
「まあ、結果的に去年は全然情報が得られなくて、臨也さんがどれだけ協力してくれたか、とか、危険性がないか、とかいろいろ説得した結果、今年は来れたんですけどね」
一昨年、臨也の元から持ち帰った多量の情報はかなり役立っており、まだ電気の普及率は低いものの、太陽光による発電は一部で始まっていた。今回、もっと詳細な情報を持ち帰ることで、政府機関や公共施設ぐらいは電気を整備できるようになると期待しているところだ。
嬉しそうに臨也の体に体重を預けると、両際から長い腕でキュウキュウと抱きしめられる。
「……ありがと、帝人くん」
「僕が貴方に会いたかったんですよ、臨也さん」
髪に顔を埋めて抱きしめられるとくすぐったくて、帝人は少しだけ笑いながら、それでも嫌がって体をよじることはせずにその緩い拘束を受け入れた。
臨也はいつも不安定な男だったけれど、何だか一昨年に来た時よりも大人びて、落ち着いた印象がある。人間の進化というものは、こういうところから生まれるのだと思った。
「で、もうそろそろ眠いんじゃないの?随分、日が昇ってきたけど」
「そうですねー。……また入浴、させられて疲れましたし」
「ここに居るんだから、お風呂は入ってもらうのは当然だよ。君が暴れすぎるのが問題なだけ」
入浴、というか水に濡れることを嫌う月ウサギの性質と、毎日入浴する日本人が相反するところはここだったが、体格に違いから、帝人は無理矢理にまた入浴をさせられていた。
「…でもアレはいいですね。目が痛くならなくって」
「シャンプーハット?持って帰ってもいいよ」
「帰ったら水浴びしかしませんから結構です」
帝人が気に入ったものが子供向けの商品であることは伝えずに、臨也はウキウキとその小さな体を抱え上げて寝室へと向かった。
薄いカーテンを引いた部屋は、臨也のために明るすぎることなく、かつ帝人のために暗すぎないようにと設定されていた。2人で眠る用に購入されたダブルベッドは、細身の男と子供が眠るには少々広すぎるほどの幅がある。
それが一般常識的な光景ではないと知らされつつも、それを見慣れた目にはごく自然なリラックスできる空間だ。
池袋という大都会の、こんなド真ん中に緑化事業や簡易菜園目的でない屋上改築が行われているのは、恐らくここだけだろう。
それも、1年に1週間程度だけここにやって来る少年1人のためだけに。
「……臨也さん、お金って、とても得難いものなんですよね?」
「んー?どうしてそんなこと聞くの?」
「いくら僕が前に感動したからって、こんな準備してるなんて思ってもみなかったですから」
屋上のススキ野原がよく見えるよう大きなガラス貼りにされたリビングは、差し込む日差しで明るく照らし出されていた。
部屋の奥まで直射することはないものの、斜めに入り込んだ光は、問いかける帝人の目をキラキラと刺激する。その眩しさに目を細め、長い耳をやや伏せた。
いつもピンと立っている白く細かな毛に覆われた耳が下がると、何となくいつもよりも幼い印象を受ける。
と言っても、このウサギのような耳と尻尾を持つ生き物、月ウサギなる種族は、この外見幼稚園児~小学校低学年の姿で成人しているというのだから不思議だ。
「まあ、臨也さんのススキのおかげで、あの時ちゃんと成人の儀を終え、僕は正式に今代の”帝人”として認められましたけど」
「正式?君、生まれたときからそうなんじゃないの?」
PC前の椅子に座り、ゆったりとハーブティーを飲んでいた臨也が振り返る。
コーヒーでないのは、朝日の昇る良い天気の下、これから睡眠に就こうというところだからだ。
夜行性である帝人に合わせ、ニンゲンの臨也は、こうしてリラックス効果のある物で眠気を誘い、体のリズムを昼夜逆転をさせている。
「そうなんですが、”帝人”の本来の役職は地球へ渡航しての情報収集と、その整理・伝達、月での応用にあります。成人してようやくそれが出来るようになった、ということでして、だから僕はこうしてまた地球に来れるようになったんですよ」
「へー。……でも去年は来なかったじゃない」
臨也は少しだけ拗ねた表情でカップを傾ける。
その姿に苦笑しながら、帝人はとてとてとその傍に寄り、臨也の機嫌を伺うようにその膝の上に顎を乗せた。そうやって耳を揺らせば、臨也の機嫌は簡単によくなり、ふわふわと優しい手つきで頭を撫でたり、耳を弄って悪戯したりするのだ。
しかし、去年の秋に帝人が訪れなかったことを、臨也は随分と根に持っているらしい。
「……去年も地球には来たんですが……」
「…っはあ!?何ソレ!?どういうこと、俺待ってるって言ったよね!?」
「それがマズかったんじゃないですか。完全に貴方が敵だと思われている状態でそんなこと叫ぶから、向こうで貴方は犯罪者扱い。去年は絶対に会うことの出来ないように遠く離れたところに落とされましたよ」
帝人が冷たく反論すれば、臨也はウッと息を詰める。
幼い子供のなりはしていても、帝人の精神年齢は確かに成人しており、いつまでも子供っぽい臨也に比べると時折、帝人の方が年上であるようにも見えることがあった。
帝人は少し柔らかい口調に戻ると、背伸びして臨也に手を伸ばす。
その意図を受け取った臨也がその手を取ると、ピョンとなかなかの跳躍で帝人が臨也の膝の上に飛び乗ってきた。ポスンと軽やかな音をたてて腕の中に落ち、笑顔で振り返る。
「まあ、結果的に去年は全然情報が得られなくて、臨也さんがどれだけ協力してくれたか、とか、危険性がないか、とかいろいろ説得した結果、今年は来れたんですけどね」
一昨年、臨也の元から持ち帰った多量の情報はかなり役立っており、まだ電気の普及率は低いものの、太陽光による発電は一部で始まっていた。今回、もっと詳細な情報を持ち帰ることで、政府機関や公共施設ぐらいは電気を整備できるようになると期待しているところだ。
嬉しそうに臨也の体に体重を預けると、両際から長い腕でキュウキュウと抱きしめられる。
「……ありがと、帝人くん」
「僕が貴方に会いたかったんですよ、臨也さん」
髪に顔を埋めて抱きしめられるとくすぐったくて、帝人は少しだけ笑いながら、それでも嫌がって体をよじることはせずにその緩い拘束を受け入れた。
臨也はいつも不安定な男だったけれど、何だか一昨年に来た時よりも大人びて、落ち着いた印象がある。人間の進化というものは、こういうところから生まれるのだと思った。
「で、もうそろそろ眠いんじゃないの?随分、日が昇ってきたけど」
「そうですねー。……また入浴、させられて疲れましたし」
「ここに居るんだから、お風呂は入ってもらうのは当然だよ。君が暴れすぎるのが問題なだけ」
入浴、というか水に濡れることを嫌う月ウサギの性質と、毎日入浴する日本人が相反するところはここだったが、体格に違いから、帝人は無理矢理にまた入浴をさせられていた。
「…でもアレはいいですね。目が痛くならなくって」
「シャンプーハット?持って帰ってもいいよ」
「帰ったら水浴びしかしませんから結構です」
帝人が気に入ったものが子供向けの商品であることは伝えずに、臨也はウキウキとその小さな体を抱え上げて寝室へと向かった。
薄いカーテンを引いた部屋は、臨也のために明るすぎることなく、かつ帝人のために暗すぎないようにと設定されていた。2人で眠る用に購入されたダブルベッドは、細身の男と子供が眠るには少々広すぎるほどの幅がある。
作品名:【DRRR】月夜の晩にⅡ.5【パラレル臨帝】 作家名:cou@ついった