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生き様

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信濃国は上田城での、どうにも歯切れの悪い幕切れを迎えた決闘から十日が過ぎたその日。
 晴天の下、米沢の居城を出た政宗は、城にほど近い所に建つ家臣たちの武家屋敷のひとつを訪ねていた。
 幼少より馴染み深い『片倉家』の門前をくぐった後は、勝手知ったる他人の屋敷、中庭から周りこんでまんまと家人の目にとまることなく目的の部屋の前に立つ。
「よォ、小十郎。具合はどうだ」
 無遠慮に開けた襖に手をかけたまま室内をのぞき込むと、彼は床で身を起こして薬湯をのんでいるところだった。
 来訪というより忍び込まれたに近いその突然の訪問にも関わらず、まるで動じる風もない。
 政宗と目があうと、にこりともせずに茶碗を盆の上に置き、渋面のままで頭を垂れた。
「これは政宗様。面目仕様もない有様で、申し訳ありません」
「Pardon(なんだって)? 答えになってねぇな」
 政宗はわざとらしく肩をすくめ、そのままずかずかと寝間に立ち入った。
 気安い所作でどっかりと枕もとに座り込み、床から出て座を正そうとしている小十郎を制しながら口端を上げて笑む。
「俺は、傷の具合はどうかって聞いたんだぜ、Ah?」
「……お陰様で。もともと大した傷でもありませんでしたからな、もう戦にでもお供できますぞ」
「Good。だが、腹に血溜まり作っといて大した傷じゃないもねぇもんだ。てめぇのことに頓着しないにもほどがあるぜ。も少し養生してな」
「恐れ入ります」
 小十郎がようやく顔を上げて目を合わせてきたので、政宗は満足した。
 最初からそうしていれば良いものを、と制していた手を引っ込める。
 誰が謝れなんつったよ。こちとら、わざわざ怪我人を責めにきたわけじゃねぇんだ。
 だいたいが彼が負傷したのは、身を呈して政宗を庇ったが為。突然の襲撃者の魔手から主君を守った働きを誉めこそすれ、何を咎めるというのか。
 だというのに顔を合わせれば開口一番が"あれ"なのだから、らしいといえばらしいが、まったくたいした堅物だ。
 やれやれ、とため息混じりに笑った政宗の心情は計りかねたのか、小十郎は難しい顔をしてじっとこちらを見ている。
 その表情はいつもの如くで、少しはだけた着物の合わせからのぞく胸から腹にかけて幾重にも巻かれた薬布が何かの冗談に見えるほどだが、それは決してjokeではない。
 薬布の下には、いまだ色濃い酷い内出血の痣があるのを政宗は知っている。
 その具合と、そんなものを小十郎が負うに至った顛末を思い返すと、苦い思いが胸中に広がるのだった。
 ――――十日前。
 上田の城にて、政宗は己が好敵手である真田幸村と一対一(サシ)で刃を交えていた。領地争いの戦ではなく、私的な決闘の名目で。
 時は群雄割拠の戦国乱世であり、真田幸村は彼の地にて『虎の若子』と呼ばれるほどに武田の大将の覚えもめでたい男、奥州筆頭の伊達政宗とはいうまでもなく敵国同士の関係にあるが、戦(それ)は戦(それ)、決闘(これ)は決闘(これ)だ。
 実力を認め合った者と刃を交えるのは、武道に身を置く者にとって至上の歓び。
 政宗は、真田と出会ってそれを知り、戦の合間の折々に彼との決闘を重ねていた。
 戦場でまみえれば互いに問答無用の命の取り合いになるだろうが、『決闘』はどちらかといえば手合わせに近く、そこで雌雄を決しようというほどのものではない。ある種の娯楽のようなものだった。
 とはいえ毎度、互いに手を抜くような真似はせず、いざ向かい合えば真剣勝負。
 対峙した瞬間から互いしか眼中になくなってしまうのは常のことで、それが、今回のあだとなった。
『政宗様っ』
 白熱する決闘のさなか、緊迫した強い声に振り返った政宗が見たのは、己の背に狙いを定めた蛇行した光のような一閃と、その凶光との間にとっさに立ちふさがった長身の影。
『……ッ、小十郎っ』
 叫んだ次の瞬間に光は消え失せ、小十郎は数歩たたらを踏んで地面にくず折れていた。
 駆け寄ってみれば、腹を押さえてうめきながら小十郎は顔を上げ、
『……ご無事ですか……政宗様』
『俺は平気だ。小十郎、おまえの方が無事じゃねぇだろ』
 小十郎が押さえている腹側の甲冑には、抉られたような奇妙な帯状の跡がくっきりと残っていた。
 堅い甲冑を解いてみれば、出血こそなかったものの、腹には赤黒く広がる殴打痕がじわじわと広がっていく有様で。
 奥州筆頭と名乗りを上げて顔と名前を売っている以上、政宗が他国の暗殺者や忍に命を狙われるのは致し方ないことで、このようなことは珍しい事ではなかったが、此度の襲撃者は常とは違った。
 まず、とにかく妙な得物を使っていた。後で調べたところ、『関節剣』という舶来の武器らしい。
 通常は刀の形状をしているが、ひと振りすれば刀身が一本の紐につなぎ合わされた関節のようにばらばらにしなって、さながら鞭の如く変貌するという。政宗が見た蛇行する閃光は、繰り出されたその刃の姿だったわけだ。
 そんな特殊な武器による必殺の一撃を、小十郎は政宗を庇った際、諸に腹に受けた。
 甲冑を着込んでいなければ腹を裂かれて即死、着込んでいても、あまりの強打に打ち倒された小十郎がすぐには立てなかったほどなのだから、その威力、推して知るべし。
 思いも寄らない非常事態に、政宗は迷わず真田に一時休戦を申し入れ、小十郎を連れて米沢の城に戻った。
 これが私的遊戯に近い決闘で良かった。戦場(いくさば)であったなら、真田を前に小十郎を抱えて退くことは不可能だっただろう。
「……Damm! 思い出すとむかむかするぜ」
 ち、と政宗が舌打ちすると、小十郎は真顔で言った。
「此度の失態、この小十郎めの不覚にございますれば、お咎めは如何様にでも」
「Ah? ……ああ、ちがう、ちがう、おまえに対してむかついてるわけじゃねぇよ。気にすんな」
 即座に否定しておく。
 勘違いさせて、また変に責任だのなんだのと思い煩われては面倒だ。
 なにより、傷に障るじゃねぇか。
 余計なこと考えてないでそれ飲んじまえよ、と脇に置かれたままだった薬湯をあごで指してやると、小十郎は軽く一礼して茶碗を取った。
 うすく湯気を立てるそれを、飲み干そうと仰向いた咽喉が上下する。
 姿勢の良い体躯は実に壮健で、本来このように床に伏せる姿など不釣合いだ。どうにも違和感をおぼえて仕方がない。
「…………」
 ……それに、やっぱり、"それ"は変だろ。
 小十郎の姿をじっと見ていた政宗は、その"違和感"を口にせずにはいられなかった。
「なぁ、小十郎」
「はい」
「おまえの"それ"、……やっぱcreazyだぜ」
 政宗の視線の先には、小十郎の簡素な寝巻き姿。
 問題はその、"左前"に合わされた着方だ。
 着物の合わせは当然だが右前と決まっている。左前に着ているのなんざ、棺桶の中の死人か、目の前にいる男以外に見たことがない。
 政宗の指摘に、小十郎は訝しげに言った。何を今更、と言わんばかりの様相で。
「いつでもあなたを守って死ぬと決めている。それは何も、戦場だけの話ではありません」
 その決意の現れである"死装束"なのだと言われれば、確かに忠義者としては最高にcoolだが、今は少しばかり洒落がキツすぎる。
作品名:生き様 作家名:天宮ハル