生き様
「すげぇじゃねぇか、小十郎。直臣ってんなら大名クラスだ、そうなりゃ俺と同列だぜ」
「お戯れを申されるな」
ぴしりとした小十郎の声は、冗談でもそんな事を口にしてくれるなと、無言の抗議が込められていた。
実際、こちらを見る視線も、並の心臓ならすくみ上がってしまうほどに鋭く厳しいものだ。
しかし。
「……戯れだと」
その視線を真っ向から睨み返し、ふざけた笑みを引っ込めて、政宗もまた、真顔で小十郎に詰め寄る。
「おい、小十郎、それはてめぇにこそ言ってやりてぇところだぜ。何で黙ってやがった。少しもくだらねぇ話じゃねえぞ。豊臣が、この俺の右目を奪(と)ろうって話だ。事と次第によっちゃあ、十分に戦の理由になるんだぜ」
政宗にとって、小十郎に他国からちょっかいを出されるというのは、領地に侵略されるに等しい。
大げさな話ではない。
奥州双竜、竜の右目と渾名されるには相応の理由があるからで、幼少より政宗に添ってきた片倉小十郎景綱という男は、もはやただの一家臣ではないのだから。
家族であり友であり、時に武の稽古をつけ時に戦の智略を授け、常に政宗の傍らに付き従う侠気はまた、裏を返せば奥州筆頭最大の弱点でもある。
だから政宗を知り尽くしている小十郎を引き抜こうというのは、伊達家に対する侵略行為と同義だ。
そんなことは小十郎本人が一番わからぬ道理ではないだろうに。
何故、黙っていたのか。
視線をそらすことを許さず、睨み据えていると、小十郎は少しだけ息を吐いて言った。
「政宗様には、真田との決闘のことだけを考えて頂きたかったのです」
「……What?」
思いがけない言葉に政宗が気勢を殺ぐと、小十郎は続けた。
「一騎打ちに雑念などあっては不覚を取ることもある。些少のことで、政宗様の楽しみに水を差すような野暮はしたくなかったのです。豊臣の件は、いずれ手前で始末をつけようと思っていたのですが、まさかこんなに早く強硬手段に訴えてくるとは……結果的に政宗様を危険に晒したのは、小十郎が不覚。己の浅慮を悔やんでも悔やみきれませぬ」
拳を固く握り込み、今にも土下座せんばかりの渋面。
先に政宗が制していなければ、腹の痛みなど何程かと無理にでもそうしていたに違いない。
そうやってまた、自分の事ではなく怪我ひとつない政宗を気遣って悔やむ様を見ていると、これ以上責めたてる気も失せるというもの。
「Ha! ざまァねえな、小十郎。俺に黙って出過ぎた真似しやがったからだ」
政宗は笑って、ゆるい拳で小十郎の腹を打つ真似をした。
そのまま懐の下から見上げる。
「……おまえの身の振り方を決めて良いのはおまえじゃねぇ、この俺だけだ。You know it (わかってんだろ)?」
「もとより、承知」
「おまえはおまえのもんじゃねえ、俺のもんだ。俺に黙って勝手に何かをしたり、ましてや豊臣がおまえのことで横から口出してくるなんざ、上等だ。上ォ等だぜ……」
政宗は軽く小十郎の肩に手を置き、立ち上った。
口元に苛烈な竜の笑みをひらめかせて。
「この独眼竜に喧嘩売るたァ、いい度胸じゃねぇか。――――小十郎、この落とし前はきっちりつけるぜ。真田との決着は、その後だ」
見下ろした先の小十郎は、「政宗様」と何か言いかけたが、
「やられっぱなしは性分じゃねえ。後悔するのは奴らだぜ、なあ、小十郎」
たたみかけてやると、その言葉は呑み込んだようだ。
代わりに、参謀としての冷静な返答をよこす。
「……此度の強行な態度を見るに、豊臣は急いて陣営を整えようとしているきらいがあります。然程に急がねばならぬ理由があるのか……いずれにせよ、事に急く者の足もとは不安定なもの、加えて動いているのが忍ではなく軍師なら、奴めの足取りを追うのはそう難しくありますまい」
然々の者たちに追わせれば良い、と即座に的確な人員選択までしてみせる、その様はまさに、竜が右目の抜け目なさ。
満足げに腕組みをして、政宗は言った。
「調子出てきたじゃねえか、小十郎」
「は。政宗様が奴を追われるなら、腐っている暇などありませぬ」
Good、そうでなきゃらしくねえぜ、と毅然とした面構えを見返す。
「尾張の山猿なんざどうでもいいが、あの野郎は捨て置けねぇ。竜の逆鱗に触れた奴がどうなるか、仕置きしてやらねえとな」
「この小十郎、どこへなりと政宗様と共に参ります」
「No sweat(焦るなよ)、まずは養生が先だぜ、OK?」
「御意」
そう言って小さく頭を下げた小十郎に、政宗は苦笑する。
……どうせその頭ン中では、もう豊臣征伐の策でも練り始めているんだろうけどな。
思考まではさすがの独眼竜にも立ち入れぬ領域であれば、そこまで統制する術はなかった。
奥州双竜が揃って馬を駆ったのは、それから数日後。
仮面の男を追い、一路――――――――相模国は小田原城へ。