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2.ヤドンの井戸

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「ああ、よく来てくれたわね。さあ、こっち、こっち」

予定より到着が遅れたにも関わらず、繁殖園の案内係は快くツブラを迎えてくれた。
まるで工事現場のように仕切りの中を通されて、じめじめした中を地下へと下りる。
そこがヒワダ名物、ヤドンの井戸だと気付いたのは、中に入ってからのことだった。

「あなたにはちょっと難しい仕事を頼みたいのだけど……」

と、女性係員が不安げに示したのは、3メートル四方に区切られたケージである。
中には入れられるだけのヤドンがぎゅう詰めに押し込められている。
周りには同じようなものがいくつもあり、その中でそれぞれ何人かのブリーダー志望が忙しく作業していた。
女性が言うにはツブラの仕事は、その中のヤドンをオスとメスとに選別することだという。
あまりに簡単な仕事に、少しツブラは驚いたが

「……大丈夫です。選別は基本ですから」

と、ものわかりよく頷いた。

「よかった。まだまだ持ってくるから、終わったらそこのベルを押して知らせてね」

親切な女性職員は、にこりと頬笑み
ひらひらと手を振ると、ツブラをヤドンの海の中に置いて去っていった。





想像以上に、仕事は簡単なものだった。
大体、雌雄判別はブリーダーに限らず、トレーナーを目指すなら
10歳の子供でも簡単にできるような実技分野だ。
素早くやるには確かに多少の専門知識は要するだろうが、
これではブリーダーの実にはならない。
単純作業に少し落胆しつつも、これが下積みというものなのかと
ツブラはなんとか自分を納得させる。

仕事の質のことさえ除けば、ヒワダタウンでの生活は非常に快適なものだった。
食事は黙っていても出るし、地下に建てられたプレハブの寮も寝心地は良い。
日は当たらなくても電気があればさほど問題ないし、
何より、休憩所のテレビではオンデマンドでDVDが見放題である。

唯一の気掛かりは、寮では電波が通じないことだった。
大好きなラジオも聞けず、ジョバンニにメールもできず
最初の数日はイライラしていたツブラだったが、
5日も経てば、早速稼働し始めた繁殖園のシステムに従って
判別対象も成体から、産まれたての小さなヤドンへと変わり、
ゆっくりながらもぴゃあぴゃあ泣きわめく赤ん坊の世話の忙しさに
いつしかそんな些細な不満は吹き飛んでいた。

何より良いのは、朝から晩までポケモンと一緒に居られることである。
部屋では相棒のゴンベと一緒、仕事場ではヤドンに埋もれて過ごすなんて
まさしく、ブリーダーの本望である。
無口でとっつきにくいツブラに話しかけてくる相手はからきしだったが
それでも彼女は全く気にしていなかった。

と、ツブラがうっとり自分とヤドンの世界に浸っていた矢先

「伊東さん!」

呼んでも居ないのに、誰かがケージにヤドンを追加しにきた。
振り向くとそこに居たのは見慣れない少年である。円と同じくらいの年頃だろうか。
浅黒い肌と更に黒々とした巻き毛を持ち、揃いの制服に身を包んだ彼は
目の覚めるほど白い歯を剥いて微笑んだ。

「おれだよおれ!」

「……だれ?」

なれなれしい少年に、ツブラは不機嫌に語気を強めた。
黒い少年は心外だとでも言いたげに、取り入るような笑みを保ち

「……覚えてない?近江アラシだよ。
 ほら、ジョバンニ先生の火曜クラスでいっしょだったさぁ」

それでもまだ訝しげな表情のツブラに、アラシはすっかり落胆した様子で、

「こう言えばわかるかな……ドルテのトレーナー」

「ああ!」

トレーナーは覚えていなくても、ツブラは自分が卒業時に渡したメスのキモリをしっかり覚えていた。
そういえば、卒業と共に旅だった元気なクラスメイトは、この少年に似ていたような気もする。

「あの子、元気にしてる?
 もう進化はした?ちょっと斜視ぎみだったけど、予後は」

「それより」

アラシは周囲を見渡し、誰にも見られていないことを確認すると
唇に指を当て、声を落とす。

「早く逃げよう。おれ、ジョバンニ先生に言われて伊東さんのこと迎えに来たんだ」


嫌な予感が、ツブラの頭によぎった。
もしかして、目の前の少年は漫画か何かの読み過ぎなのかもしれない。
こちらはせっかく頑張ってブリーダー修行をしているというのに、何を邪魔しようというのか。
大体、赤の他人でなかったとはいえ
顔も忘れていたような相手に迎えに来られるいわれはない。

しかし、アラシはいたって真剣な面持ちである。

「このプロジェクトの責任者はウツギ博士じゃないんだって。
 先生のところに来たメールってのは、ロケット団の嘘だったんだよ」

「……それ、ほんと?」

自然と、ツブラの声も落ちた。
ロケット団といえば、かつてはカントーを拠点に勢力を誇っていた巨大犯罪組織である。
もう解散したと聞いていたが、アラシの言うのが本当だとすると大事だ。

「奴らの残党が、ジョウトで活動を始めたんだって。外ではこのニュースでもちきりだよ。
 まだ完全にウラはとれていないらしいんだけど
 ジョバンニ先生のところにきた警察筋の情報では、ほぼ確定らしい。
 ここの所長のランスって奴、幹部だって」

「知らなかった……そういえば、ここ、ポケギアが狂って使えないんだ」

「とにかく早く避難して。一番奥の廊下の、スタッフ専用口があるだろ。
 あそこのロックを壊しておいたから、そこから外に脱出できる。
 このメール、回して。他のブリーダーにも知らせてほしいんだ。頼む」

アラシはメールを三通、エプロンのポケットに忍ばせると、肩をぽんと叩いて
次のケージへとカートを押していった。

ツブラは少し迷いながらも、この施設での暮らしを思い返していた。
まるでヒワダ町民から目隠しをするように建てられた、井戸の周りの仕切り。
繁殖された後、どこに送られているのかもわからないヤドンたち。
ブリーダーに対する知識が欠落しているとしか思えない、穴の多いスケジュール……
今まではそれらに何か理由があるのだと信じていたが、
アラシの言葉を聞いた後だと、彼の言うことが冗談とは思えなかった。

「……よし」

ツブラは便箋を袖に隠すと、消毒液を借りにいく振りをして
隣のケージへ出ていった。


作品名:2.ヤドンの井戸 作家名:しみず