晴天の霹靂
「―――――――」
「…………………」
言い返すつもりなど毛頭ないが、反省の言葉さえぴしゃりと返されてしまっては、もはや黙ってうなだれるしかない。
そうして、奥州で双竜と渾名されて諸国から畏れられる兵(つわもの)二人を並べて正座させ、うららかな春の晴天の下、一刻ほども喜多のお説教は続いたのだった。
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「……Jesus(まいったぜ)……」
げっそりとした顔で、政宗がため息をつく。
固い土の上での長時間の正座に、痺れの悲鳴をあげている足をさすりながら、彼はまだ立てないでいた。
「大丈夫ですか、政宗様」
手を差し伸べる小十郎を見上げ、恨めしそうに隻眼を細める。
「なんとかしやがれ、小十郎。おまえの姉貴だろーが」
「無茶を言われますな。我が姉は、おそれながら政宗様にとっての育ての母、小十郎如きが意見できるひとではございませぬ」
というよりも、あの人に意見できる人間など、伊達家の家中にいるのだろうか。
双竜は、顔を見合わせて深い深いため息をついた。胸中はまったく同じであったに違いない。
二人に充分に過ぎるほどの灸を据えた喜多は、すでに迎えの者を呼んで帰りの途にある。
結局、米沢でも大森でも城内に落ち着くことなく、春の嵐のように現れた烈女は去っていった。
それはまさに、青天の霹靂。
空を仰いで再度息をついた後、小十郎は政宗に向き直った。
「して、政宗様。この度は小十郎の野菜を取りにいらしたようですが、間が悪うございましたな。姉上の言う通り、使いを寄越して下されば、小十郎がお届けに参りましたものを」
そうしていれば、喜多に叱られるようなこともなかったのだ。間が悪かったとしか言いようがない。
と、政宗はぼそりと呟くようにして言った。
「……それじゃ、間に合わなかったんだよ」
「は、」
「喜多が来るって聞いたからな。たまには俺が膳でも作ってやろうと思ったんだ。……ウチはいっつも喧嘩だ戦だ何だって落ち着きねぇから、こういう時くれぇちったあ孝行してやろうかってな……それで、せっかくならおまえの野菜使おうと思って、でもそれ思いついたのが昨夜で、使いだ何だって面倒くせぇことしてたら間に合わねえ。朝一番で俺が取りに行くのが手っ取り早いって、そうしたら、鉢合わせしたうえに問答無用で説教だ。……shit、ついてねぇ」
政宗はそう言うと、唇をとがらせて拗ねたようにそっぽを向いてしまったが、小十郎は胸をうたれた心地だった。
「……政宗様」
なんと殊勝な心遣いか。
己が育ての親である喜多を、自らもてなしてやろうと考えていたなどと。
出奔の理由がそれであるというのに、当の喜多に叱られている間に一言もそうとは言わず、言い訳にもせず黙っていたのがまた、いじらしい限り。
小十郎は少しの間を置いて、穏やかな声音で言った。
「――――それでは、早急に、姉上を呼び戻さねばなりませんな」
そして誤解だと言って差し上げねばなるまい。どちらの為にも。
しかし、政宗は息をついて言った。
「いいって。単なる思い付きで、まだ何にも用意してねぇんだ、わざわざ引き返させることもねえよ。ただでさえあっちこっちと移動させちまったみてぇだしな」
次の機会だ、次、とひらひら手を振る政宗に、小十郎はいいえ、と強く首を横に振る。
「政宗様が御自ら膳を作ってくださる筈だったのだと、後から姉上の耳に入って、どうして呼び戻さなかったのかと責められてはかないませぬ」
「Ah……。……そうだな、それでおまえが責められちゃ、たしかに気の毒だ」
喜多の説教は強烈だからなァ、と政宗は苦笑する。
そうして少し思案げにした後、やがて自分の膝を打って言った。
「なら、大森(こっち)に戻ってもらえ。俺も今から米沢に戻るのは面倒になっちまったし、ここで派手に宴会(パーリィ)やろうぜ」
「しかし、こちらにも何の支度もありませんぞ」
本日の喜多と政宗の訪問はまったく予定外のことで(だから悠々と土いじりなどしていたのだ)、当然のことながら大森城に客をもてなす用意などさせてはいない。
ある程度の備えはあるが、とても主君や姉を歓待できるようなものではなく。
小十郎の焦る声に、政宗はにっと不敵な笑みを見せた。
「No problem(心配ねぇ)! おまえの野菜があればそれで充分、冬越しのがまだたっぷり残ってンだろ」
言いながらようやく立ち上がった政宗は、軽く握った拳で小十郎の肩を叩く。
「俺が美味く料理してやるさ。You see?」
「政宗様……」
自信たっぷりなその仕草に、小十郎は頷き返した。
「ならば、小十郎もお手伝いいたします」
「of course! 気合入れていくぞ小十郎、今度は喜多に参ったっていわせてやろうぜ」
「それはそれは……政宗様の、お手並み拝見」
「Ha! 俺を誰だと思ってやがる、piece of cake(ちょろいもんだぜ)!!」
腕を振り回す主君を、小十郎は目を細めて見つめた。
こういう時に見せる表情は、やんちゃな梵天丸さまの頃からお変わりなく。
喜多への深く優しい一人前の心遣いとは裏腹に、その不器用な立ち回りの子供っぽさには、何ともいえない情深い気持ちになる。
これでは嗜めようと思っていた『国主としてあるまじき身勝手な行動』を、もう責める気にはなれない。
――――まったく、政宗様のこういう所に弱ぇんだ、俺は。
主君にどうしようもなく甘い己の一面を自覚して、それでも決して不快ではないその感情に、小十郎は相貌を崩したのだった。