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秋闌

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晩秋の奥州は山あいが黄色や紅に染まり、目にも鮮やかな色彩に満ちている。
 行く道なりにある田の稲穂は、重いこうべを垂れてゆらゆらと秋風に吹かれ、さながら黄金の水面が波打つ如くだ。
 大森城下からの報告によれば、今年は気候も良く、農作物の収穫は上々だという。
 そういう豊かな実りの季節の恩恵は、小十郎自身もすぐに実感として噛み締める事となった。
 陽が登ると早々に支度を整え、自作の畑に来ていた小十郎は、土中より引き抜いた長く太く真っ直ぐに伸びたごぼうをしげしげと眺め、満足げに頷く。
 ――――上出来だ。
 己の好物でもある独特の香気と歯ごたえを想像して、しばし、感慨にひたる。
 これほどの出来は、近年稀にみるものだ。よほど、この土地との相性が良いのだろう。
 ごぼうは、土の良し悪しにその出来栄えが大きく影響される。より良く育ててやるには、もともと質の良い土を丹念に耕して通気性を良くし、十分な水を与えてやらねばならない。さらにそこまで良くしてやった土でも、連作をきらうため同じ畑では三年に一度しか作れないのだった。姿に似ず、実はけっこう繊細な作物で、育てるのは手間を取らされ難しい。
 だから、それだけ手塩にかけてやったからこその、この立派な出来栄えには感無量だ。
 これはきっと、政宗様にもお喜び頂けるに違いない。
 小十郎は機嫌良く収穫作業を続けた。
 一本ずつ丁寧に引き抜き、軽く土を払って土手に寝せてやる。その動作を飽きることなく繰り返し、やがて土手にごぼうが山となる頃には、ずいぶん時が経っていた。
 涼しい秋風の中にあっても汗ばんだ額をぬぐって、さすがに少し休むか、と小十郎は積まれたごぼうの隣に腰を下ろして息をついた。
 山あいの乾いた風が、落ち葉を運んで吹き抜ける。
 畑の土の上を競って跳ね飛ぶような赤や黄色の葉を微笑ましく眺めていた小十郎は、やがて、唐突に眉間に皺を寄せた。
 それまでの機嫌の良い穏やかさから一変、殺気すら混じらせて、口を開く。
「――――――で、そこの忍、何しにきやがった」
 畑荒らしなら容赦しねぇぞ、と低い声で言葉を続けながら振り返る。
 と、小十郎の位置に近い所にそびえ立っている大木の葉がざっと揺れた。
 地面に音もなく下り立ったのは、緑の人影。
「……あーらら、バレちゃってたの」
 軽薄な物言いとは裏腹に、食えない目が真っ直ぐにこちらを見ている。
 甲斐国は武田が忍、猿飛佐助。
 戦にも忍部隊を率いて出てくる、名も顔も売れた忍頭だ。
 小十郎もよくよく見知った相手だった。より正確に言えば、"知っている"程度ではなく、妙に"打ち解けた"間柄というべきか。
 戦乱の世の敵国の人間同士であるというのに、戦場以外で顔を合わせる機会の方が多いせいか、佐助の方に不穏な気配はない。
 まるで旧知の友のように、やたらと懐こい調子で喋りながら近づいてくる。
「しっかし、畑荒らしだなんて人聞きが悪いねぇ、右目の旦那。人様の畑荒らすほど、そこまで困窮してないって、武田軍(ウチ)」
 これではこちらばかりが殺気立ったところで馬鹿馬鹿しく、小十郎も荒げた雰囲気を少し抑え、しかし、口調は憮然としたままで言った。
「どうだかな。上杉にあれこれ送って寄越されてるって話をちらほら聞くぜ」
「あらー、そんなことまで知ってるの。ま、知っての通りウチは御館様も旦那もあんな感じだからさー、来るもの拒まずっていうか。あ、でも、俺も、わけてくれるってんならありがたく頂戴するけどね~」
 言いながら佐助は、まーホントに良く出来て、とごぼうの山に無遠慮に手を伸ばしてきた。
 一瞬と間を置かず、小十郎はその腕にぴたりと鍬の刃をつきつける。
 少し離れたところに置いてあった鍬(それ)を掴んでの、早業だ。
「――――テメェ……畑荒らしなら容赦しねえと言っただろう」
 低く凄みの利いた声に、佐助は笑いをひきつらせながら手を引っ込めた。冷や汗混じりに呟く。
「……じ、冗談通じないねぇ、右目の旦那ァ……」
 当たり前だ。
 ごぼうと佐助との間に割って入り、小十郎はぎろりと眼光鋭く不躾者を睨みつける。
 苦労して育てた子のような作物に手を出されて、冗談で済むか。
「まったく、油断も隙もねえ」
「……あのさ、そんなにそこばっかり警戒しないでくれる。なーんか、本当に畑荒らしに来たみたいになってるじゃないの」
 鍬は置いたが、小十郎はごぼうの山周辺の警戒は怠らずに、ため息をつく佐助を見やった。
「違うってんなら、何をしにきやがったのかさっさと言えや」
「いやー、何をしにって……」
 忍の仕事は諜報活動が主なんですけどねぇ、と苦笑しつつ、佐助は言った。
「まあだいたいわかると思うけど、ウチの旦那がね、伊達どの伊達どのってうるさくって。そっちの都合の良いときでいいからさ、相手してやってくれないかなー」
 そう言って「たのむよ」と手を合わせた佐助の向こうに、あのでッかい声で『だてばさむねえぇえええ(※声が大きすぎるので割れて聞こえる)』と叫びながら両手に持った槍をぶん回し、甲斐国から一直線に爆走してくる暑苦しい馬鹿野郎の幻を見た気がして、小十郎は半眼で佐助を睨む。
「……あの餓鬼、懲りねえな」
「そう言わないでよ。竜の旦那だって、少しは楽しんでくれてるんでしょ」
「…………」
 それを言われては返す言葉がない。
 事実、真田幸村との決闘は主君の楽しみのひとつで、小十郎もそれに対して水を差すような真似はするまいと思っている。
 小十郎が特別に止めたり諌めたりするのでもなければ、政宗がそういう類の誘いを断ろうはずがない。それを誰より知っていたが、返事としては素っ気無く言った。
「相手になるか否かは、政宗様の心ひとつだ。今、俺が即答できることじゃねぇな」
 その返答を聞いた佐助は、大げさに手を振って笑う。
「まったまたー。そんな思わせぶりなこと言って、右目の旦那は、竜の旦那のことなら何だってわかってるクセに。ていうかさ、右目の旦那がダメって言わないなら、こっちとしては断られる要素なんてないと思ってるんだけど」
「――――――」
 この野郎、と小十郎は思ったが、口から出たのは盛大なため息だった。
 さすが忍稼業というべきか。人の機微をよくよく見抜いている。が、佐助の洞察はそれだけに起因するものではない。
 佐助は、政宗を『竜の旦那』、小十郎を『右目の旦那』と呼ぶ。
 己が主である真田幸村を『旦那』と呼んでいる事から考えれば、彼なりの親しみが込められてるのは明白で、まったく、いつからこんなに馴染まれてしまったのかと小十郎は頭が痛い。
 とはいえそれはこちらも同じこと。正式な使者でもない敵国の忍を領地内で捕らえもせずに、こうして対等に言葉を交わすのが当たり前になってしまっているのだから。
 かたや、一国の筆頭と、大将のおぼえもめでたき勇将。
 かたや、筆頭の右腕たる参謀と、勇将の有能なる忍。
 主と従、どちらも何とも奇妙な取り合わせではあるが、不思議と、嫌な感じはしないのだ。
 性格も気性もまるで違うが、世が世なら、友人として付き合うことも吝かではない、それほど意気の合う同種の者達であると認識している自覚はあった。
作品名:秋闌 作家名:天宮ハル