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兎の皮を被った化け物2

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「…………」
「おや、クロス」

 すらすらと何かを書き綴っていたのを中断し、今気がついたとでもいう風にアレンが振り向く。その動作には一見微塵も不自然なところはないのだが、長年付き合ってきたクロスにだけは分かる。その動作が、いかに業とらしいものであるのかが。

「一回死ね、糞野郎」

 断罪者の銃口を向け、一切の惑いなくその引き金を引く。ガウン、という音。だが案の定、その銃弾は標的に命中することはなかった。断罪者の銃弾は着弾するまで標的を追い立てる。しかしそれを承知している己が師匠は、銃弾を神の道化で受け止めていた。顔色ひとつ変えず微笑む姿に、苛立ちが倍増した。

「悪い口だ」

 アレンのしなやかな指が、クロスの唇に向けられる。気づいたときには手遅れで、クロスの口からは声が奪われていた。山ほど溜まっていた文句が、全て行き場を失ってしまった。
 使っていることを悟らせないほどに鮮やかな術。その腕は、出会ったときから少しも衰えることがない。師匠であるアレン・ウォーカーは、出会ったときから本当に変わらない。術者・科学者としての腕も、食えない性格も、その容姿でさえも。
 それがどれほど異端なことなのか、幼い頃のクロスには理解することができなかった。アレンは自分の親であり、友人であり、師であった。ただ純粋に、アレンのようになることを目指していた。

「お前がそんな顔をしているのは久しぶりだね。怒っているのか、悲しいのか、僕はいつも分からないのだけど。今日はどうしたの、クロス?」

 椅子から立ち上がり、アレンがクロスの前に立つ。そして幼い子供にするように、クロスの赤い髪を撫でた。この人は、いつまで経ってもクロスの想いを理解しようとしない。否、理解できないのかもしれない。アレン・ウォーカーという存在は、どこか人の感情とはかけ離れたところにいる。
 
「……お前、が」

 いつの間にか、声を封じていた術は消え去っていた。静かに語るクロスの声を留めるものは、何も無い。

「あんな消え方をするから、教団は大騒ぎになっている」
「意外と目と鼻の先にいるんだけど、気づかれないもんだねぇ」
「奴らはそもそも、この部屋への入り方を知らない」
「教えてないし、許可してないからね」
「それ以前に、」

 白い部屋だ。14番目の秘密の部屋。教団から抜け出したアレンは、そこにいた。
 白ばかりの部屋のなか、白銀の髪と色白の肌を持つアレンの存在は恐ろしく希薄なものとなっている。穏やかに微笑むその顔。憎いほどにいつも通りな姿を目にして、クロスは真実泣きたくなったのだ。怒りよりもずっと、悲しみのほうが深かった。

「死んだと、思われている」

そのひとことを口にした瞬間、アレン・ウォーカーという存在に付き纏っていた死の影が霧散したように感じた。ようやく、それが本当に茶番であったのだと思うことができた。

 ――アレン・ウォーカーが教団から消えた日。

 教団がアレンにあてがった部屋は、大量の血にまみれていた。割れた窓ガラスは、いったい何を意味するのか。真っ赤な部屋のなかに、アレンの銀のゴーレムが壊れて転がっていた。それさえも、血にまみれていて。けれども当人の姿はどこにもない。血痕のゴーレムだけが、アレンの存在の欠片であった。

「もしくは、希望的観測で伯爵にさらわれたか」
「それって全く希望的じゃないけどね……」

 溜息を吐くアレンは、生きて、動いている。
 殺しても死なないと思っていた。姿形の変わらない、桁外れの力と知識を持った化け物。身も蓋も無い言い方をすれば、確かにアレンという存在はそういうものであったのだから。
 けれどもあの部屋を見た瞬間にクロスの心を支配したのは、『死』という誰も逃れることのできない真理だけだった。そんなはずがないと言い聞かせても、内なる自分がそれを否定した。この光景を見てまで、そんなことが言えるのかと。

 アレン・ウォーカーは、もう死んでいるのではないか。

「それで、クロスはどうしてここに?」

 笑うこいつは、答えなど分かっているのだろう。それでも聞くのか。なんて意地が悪い。
 クロスはずっとアレンを探していた。箱舟のなかだって探し回った。それでも見つけられなかった。それなのに、今日、唐突に秘密の部屋の扉が現れたのだ。
 この部屋は、アレンの許可がないと誰も入ることができない。文字通り、秘密の部屋である。だから今日クロスがここにいるのは、アレンが許可したため。アレンはずっと、クロスが己を探し回るのを見ていたのだ。その上で、クロスに問うてくる。

「……バレバレの茶番を演じる馬鹿を、引きずり出してやろうと思っただけだ」

 だから、クロスも意地をはった。
 心配したのだと、怖かったのだと、そんなことは口にしない。何があっても、絶対に。

「うーん、やっぱクロスを騙すのは難しいね」

 にっこり、とアレンが笑う。
 本当に、本当に、本当に腹立たしいやつだ。

「なぜ、あんなことをした」
「教団に監禁されてるのに飽きたんだよ。追っ手が来るのも面倒だし、あれが一番良い方法かと思って」
「それは建前だろう」
「ん?」

 全く揺らがない仮面に、ほんの少しでもヒビを入れてやりたかった。

「何かに興味を持ったから、お前は教団を抜け出した。調査を、研究をするために」

 だから口にした言葉は、仮面の下にいた化け物を呼び起こした。
 現在生存している人間(もちろん伯爵側の者たちは別として)のなかでは最もアレンと付き合いの長いクロスでさえ、滅多に目にすることのないもの。

「へえ、」


 およそ人の心を持っているとは思えない道化師が、嗤う。 


「流石は僕の弟子」


 優しさなど欠片もない獰猛な獣の眼差しが、容赦なくクロスへと向けられた。
 逃げることを許さないその目はクロスを射抜き、隠していた真実をいとも簡単に曝け出した。

「僕が14番目という存在なのは知っているのだろう、クロス。14番目というのはね、僕の遥か昔の名。伯爵たちと共に在ったときの呼称。僕という存在は確かに14番目とイコールだけれど、今の僕と本当にイコールなのかと言うと、少し違うんだよ。僕は過去、伯爵と道を分けたときに僕の感情と14番目であったころの記憶を存在として封印した。もちろんその記憶は今の僕にあるけれど、あの頃の僕という存在を己のなかに、全く別物として保管したんだ」
「……どうして、そんなことを、」

 アレンが14番目なのは知っていた。だが、そんなことになっていたとは全く知らなかった。知らされていなかった。

「だって、研究者は客観的であらねばならないでしょう?」

 当たり前だと笑う姿に、微塵の曇りもない。

「僕は自分に纏わる全てを客観的に研究したかった。どこまでも冷徹に観察したかった。だから僕は、研究者にあるまじき当事者の視点を捨てたんだ。そのときから、感情という機能は14番目の記憶と共に眠っているよ。その残り粕のようなものは、僕にも残っているけど。14番目の頃の僕はおよそ今の僕とは比較できないほど感情的な存在でね。感情を捨てることができたというのは、研究者としての僕には実に都合が良かった」
作品名:兎の皮を被った化け物2 作家名:神蒼