マシュマロ
白を基調にした機能的であると共に近代的な執務室の奥には、この部屋の主である青年の姿がある。青年は二十歳前後の年齢にしか見えないのだが、二百年以上を生きている存在である。人間にしか見えない外見をしているが、その青年。アメリカは、国と同じ名前を持ち国と運命を共にする存在である『国』であった。
世界を率いる存在であるアメリカと同一の存在であるアメリカは、読んでいた書類を執務机の上に置くと、机の上にある時計を見遣った。
白い机の上にある時計も白い物である。そんな時計の針を見て今が何時であるのかという事を知ったアメリカは、軍服のズボンのポケットに手を入れて中から携帯電話を取り出した。
アメリカが取り出した携帯電話は、仕事用と私用の二つある携帯電話のうちの私用の方である。その携帯電話に短縮で登録している相手に電話を掛け始めた。
アメリカが電話を掛けているのは、元宗主国であると共に元兄。否、正確には姉であるイギリスである。喧嘩ばかりしていた相手である彼女と付き合う様になってからもう直ぐ一年になる。
女性らしさが欠片も無い性格をしているだけで無く、体つきをしている彼女の事を女であるとは欠片も思っていなかったというのに、うっかり彼女の事を愛してしまった。未だに何故彼女なのだろうかと思う事もあったが、彼女以外を愛する自分など想像する事すらも出来なかった。
まだ仕事の最中であるというのにそんな彼女に電話を掛けたのは、以前からしている今週末の約束を確認する為である。ほとんど毎日電話はしているのだが、約束をしていた日に仕事が急にイギリスに入ってしまうという事が二回連続であった為、最後にイギリスと会ったのは四ヶ月近く前の事である。早く彼女と会いたい。それだけで無く抱きたいと思いながら電話が繋がるのを待っていると、無愛想なイギリスの声が聞こえて来た。
無愛想な声であったが、自分からの電話を彼女が喜んでいる事などなど分かりきった事である。素直では無いイギリスとの電話はいつも嫌味から始まる。喧嘩の様な会話を暫く続けた後、漸く恋人らしい会話へといつもなっていた。
いつもの様に喧嘩に近い会話をした後、アメリカは本題を切り出した。
「週末のことなんだけど」
「あ……。それか……。それの事なんだが……」
イギリスの声の調子が急に悪くなった。
「まさか、会えなくなったとか言わないだろうね」
「……悪い。急に仕事が入ったんだ」
言い難そうな声でイギリスが言った台詞は、予想通りの物であった。予想していた物であるとはいえ、その台詞に対して何も感じ無い筈が無かった。
「君、どれだけ会って無いと思ってるんだい。しかも、今回の約束はずっと前からしていたものじゃ無いか」
「だから悪いって言ってるだろ。この埋め合わせはいつか必ず」
「そうこの間約束した時も言っておきながら、結局会えないままになったじゃないか。まさか、……浮気なんてしてないよね?」
「浮気なんて俺がする訳無いだろ! とにかく、その日はどうしても仕事で会えないんだ! 悪い」
こちらの話しを聞くつもりはないというようにして、こちらが話す間も無くイギリスは電話を切ってしまった。眉間に皺を寄せているアメリカは通話の切れた携帯電話を耳から離すと、それを睨み付ける様にして見詰める。
これからどうするのかという事など決まっている。自分はうじうじ悩む様なタイプでは無い。
通話の切れた携帯電話をポケットの中へと戻しその場から立ち上がると、側にあるポールスタンドハンガーに掛けていたフライトジャケットを手に取り執務室を後にした。
アメリカが先程まで座っていた執務机のテーブルには鈍器でもぶつかったかの様な亀裂が入っていた。その事に、直ぐ後にカップを片付ける為に入って来た秘書が驚く事になるのだった。
勿論、机に亀裂を走らせたのはアメリカである。亀裂は、アメリカの心情を表していた。
★ ★
「……絶対あいつ怒ってるよな」
これでアメリカとの約束を反故にするのは三度目である。三度も恋人に約束を急に反故されれば怒るのは当然のことである。しかも、今回の約束は付き合うようになってから一年目の記念の約束である。約束を反故した事に対して何も思われていない方が嫌なぐらいである。
そう思いながらも彼に会うつもりは無かった。否、どちらかというと出来ないといった方が正しいだろう。
「何でこんないきなり……。今まで全然デカくなんなかったのに……」
イギリスは溜息を吐きながら、アメリカと会う事が出来ない原因へと視線を向けた。
イギリスの視線の先には、二つの大きな膨らみの姿がある。サイズのあっていない軍服の上着とシャツに締め付けられている為実際よりも小さく見えるそれは、胸である。ここ半年で急に大きくなってしまった胸を見遣ったままイギリスは再び大きな溜息を吐いた。
半年前までは、どちらかというと胸が無い方どころか全く無いと言っても良いほどに胸が無かった。恋人であるアメリカからもよく、胸が無いという事を溜息混じりの声で言われていた。アメリカと付き合うまでは胸がもっとあればという事を思った事が無かったのだが、彼と付き合う様になってからはもう少しで良いので胸が欲しいという事を思う様になった。
その希望が叶ったというのにアメリカと会う事を拒んでいるのは、幾ら何でも急に大きくなり過ぎであるからだ。しかも、ここまで大きくなって欲しいなどとは思っていなかった。
急に胸が大きくなってしまった事が原因で、イギリスはアメリカと会う事を拒んでいたのだ。
(胸小さくする魔法とか……んなもんねえよな。包帯で締め付けたらもうちっと小さく……。服脱がされたら終わりじゃねえか。なんでいきなりこんなに大きくなっちまったんだよ)
何故こんなに急に大きくなってしまったのだろうかという事を考えながらも、何故なのかという事など分かっていた。アメリカが胸が無いという事を言いながらも、いつも執拗なほど胸を揉んでいたからである。それ以外の理由など考えられない。
(もう恥ずかしくて誰にも会いたくねえ)
大きくなってしまった胸を両手で押さえながら瞳に涙を滲ませてイギリスがそんな風に思ったのは、急に胸が大きくなってからというもの、じろじろと胸を見られる様になったからである。
(何でみんな人の胸じろじろ見るんだよ……。俺にこんな胸が付いてたら変だって事は俺だって分かってるよ。だからってじろじろ見なくても良いだろ)
イギリスはじろじろと皆が自分の胸を見るのは、男にしか見えないというのに自分の胸が大きいからなのだと思っていた。
少年の様な痩せた体に男の様な格好。そして、態度や口調が原因で今まで女であるという事を申告しなければ、女であるという事に気が付かれる事が無かった為、イギリスは今でも自分が男にしか見えないのだと思っていた。しかし、実際は以前の様に男にしか見えないという事は無くなっていた。
世界を率いる存在であるアメリカと同一の存在であるアメリカは、読んでいた書類を執務机の上に置くと、机の上にある時計を見遣った。
白い机の上にある時計も白い物である。そんな時計の針を見て今が何時であるのかという事を知ったアメリカは、軍服のズボンのポケットに手を入れて中から携帯電話を取り出した。
アメリカが取り出した携帯電話は、仕事用と私用の二つある携帯電話のうちの私用の方である。その携帯電話に短縮で登録している相手に電話を掛け始めた。
アメリカが電話を掛けているのは、元宗主国であると共に元兄。否、正確には姉であるイギリスである。喧嘩ばかりしていた相手である彼女と付き合う様になってからもう直ぐ一年になる。
女性らしさが欠片も無い性格をしているだけで無く、体つきをしている彼女の事を女であるとは欠片も思っていなかったというのに、うっかり彼女の事を愛してしまった。未だに何故彼女なのだろうかと思う事もあったが、彼女以外を愛する自分など想像する事すらも出来なかった。
まだ仕事の最中であるというのにそんな彼女に電話を掛けたのは、以前からしている今週末の約束を確認する為である。ほとんど毎日電話はしているのだが、約束をしていた日に仕事が急にイギリスに入ってしまうという事が二回連続であった為、最後にイギリスと会ったのは四ヶ月近く前の事である。早く彼女と会いたい。それだけで無く抱きたいと思いながら電話が繋がるのを待っていると、無愛想なイギリスの声が聞こえて来た。
無愛想な声であったが、自分からの電話を彼女が喜んでいる事などなど分かりきった事である。素直では無いイギリスとの電話はいつも嫌味から始まる。喧嘩の様な会話を暫く続けた後、漸く恋人らしい会話へといつもなっていた。
いつもの様に喧嘩に近い会話をした後、アメリカは本題を切り出した。
「週末のことなんだけど」
「あ……。それか……。それの事なんだが……」
イギリスの声の調子が急に悪くなった。
「まさか、会えなくなったとか言わないだろうね」
「……悪い。急に仕事が入ったんだ」
言い難そうな声でイギリスが言った台詞は、予想通りの物であった。予想していた物であるとはいえ、その台詞に対して何も感じ無い筈が無かった。
「君、どれだけ会って無いと思ってるんだい。しかも、今回の約束はずっと前からしていたものじゃ無いか」
「だから悪いって言ってるだろ。この埋め合わせはいつか必ず」
「そうこの間約束した時も言っておきながら、結局会えないままになったじゃないか。まさか、……浮気なんてしてないよね?」
「浮気なんて俺がする訳無いだろ! とにかく、その日はどうしても仕事で会えないんだ! 悪い」
こちらの話しを聞くつもりはないというようにして、こちらが話す間も無くイギリスは電話を切ってしまった。眉間に皺を寄せているアメリカは通話の切れた携帯電話を耳から離すと、それを睨み付ける様にして見詰める。
これからどうするのかという事など決まっている。自分はうじうじ悩む様なタイプでは無い。
通話の切れた携帯電話をポケットの中へと戻しその場から立ち上がると、側にあるポールスタンドハンガーに掛けていたフライトジャケットを手に取り執務室を後にした。
アメリカが先程まで座っていた執務机のテーブルには鈍器でもぶつかったかの様な亀裂が入っていた。その事に、直ぐ後にカップを片付ける為に入って来た秘書が驚く事になるのだった。
勿論、机に亀裂を走らせたのはアメリカである。亀裂は、アメリカの心情を表していた。
★ ★
「……絶対あいつ怒ってるよな」
これでアメリカとの約束を反故にするのは三度目である。三度も恋人に約束を急に反故されれば怒るのは当然のことである。しかも、今回の約束は付き合うようになってから一年目の記念の約束である。約束を反故した事に対して何も思われていない方が嫌なぐらいである。
そう思いながらも彼に会うつもりは無かった。否、どちらかというと出来ないといった方が正しいだろう。
「何でこんないきなり……。今まで全然デカくなんなかったのに……」
イギリスは溜息を吐きながら、アメリカと会う事が出来ない原因へと視線を向けた。
イギリスの視線の先には、二つの大きな膨らみの姿がある。サイズのあっていない軍服の上着とシャツに締め付けられている為実際よりも小さく見えるそれは、胸である。ここ半年で急に大きくなってしまった胸を見遣ったままイギリスは再び大きな溜息を吐いた。
半年前までは、どちらかというと胸が無い方どころか全く無いと言っても良いほどに胸が無かった。恋人であるアメリカからもよく、胸が無いという事を溜息混じりの声で言われていた。アメリカと付き合うまでは胸がもっとあればという事を思った事が無かったのだが、彼と付き合う様になってからはもう少しで良いので胸が欲しいという事を思う様になった。
その希望が叶ったというのにアメリカと会う事を拒んでいるのは、幾ら何でも急に大きくなり過ぎであるからだ。しかも、ここまで大きくなって欲しいなどとは思っていなかった。
急に胸が大きくなってしまった事が原因で、イギリスはアメリカと会う事を拒んでいたのだ。
(胸小さくする魔法とか……んなもんねえよな。包帯で締め付けたらもうちっと小さく……。服脱がされたら終わりじゃねえか。なんでいきなりこんなに大きくなっちまったんだよ)
何故こんなに急に大きくなってしまったのだろうかという事を考えながらも、何故なのかという事など分かっていた。アメリカが胸が無いという事を言いながらも、いつも執拗なほど胸を揉んでいたからである。それ以外の理由など考えられない。
(もう恥ずかしくて誰にも会いたくねえ)
大きくなってしまった胸を両手で押さえながら瞳に涙を滲ませてイギリスがそんな風に思ったのは、急に胸が大きくなってからというもの、じろじろと胸を見られる様になったからである。
(何でみんな人の胸じろじろ見るんだよ……。俺にこんな胸が付いてたら変だって事は俺だって分かってるよ。だからってじろじろ見なくても良いだろ)
イギリスはじろじろと皆が自分の胸を見るのは、男にしか見えないというのに自分の胸が大きいからなのだと思っていた。
少年の様な痩せた体に男の様な格好。そして、態度や口調が原因で今まで女であるという事を申告しなければ、女であるという事に気が付かれる事が無かった為、イギリスは今でも自分が男にしか見えないのだと思っていた。しかし、実際は以前の様に男にしか見えないという事は無くなっていた。