夜と朝とあなたとぼく
一度決めてしまえば僕はもう揺るがない。そして、絶対に諦めないのだ。観念しろ、とばかりに手に力を込めて後ろに引っ張る。ずるずると引き摺られる体でこちらを振り向く臨也さんの嫌そうな表情がとてもわざとらしい。
「ほら、早く言ってください」
ついには袖口を引っ張って、まるで子供のように急かす。周りはすっかり朝日に照らされて、冷たい空気を太陽が暖め出している。住宅街の往来とあって、あちこちから朝ごはんのにおいと共に人の気配が戻ってきた。僕らはもう、日常に立っている。ここには、彼を誤魔化す全てが揃っている。それでも僕には、それら全てが最早意味のないことのように思えた。
「あぁぁ何か、さっきまでなら言える気がしてたんだけどさぁ」
「やっぱり言いに来たんだ。いつまで待たせるんですか?もう朝ですよ。お腹減りました」
「勝手に開き直らないでくれる?」
待ちくたびれてコートの袖を持ったまま腕をふって更に急かすと、臨也さんの眉間に皺が寄った。とうとう観念したのか、はぁ、と大きく溜息を一つ、空いている手で頭を抱えるようにして下を向く。そうして、投げやりに呟いた。
「あーほんと、月が綺麗だね」
それは、臨也さんにしてはとてもつまらない類の言葉だった。僕はあまりにらしくないそれに詰めていた息を大きく噴出して、住宅街の往来で大笑いする。
「もう月出てませんよ、嘘、吐かないで下さ…ぶふっ」
「かわいくねー…。ほら行くよ。朝ごはん食べよう」
お互いつまらない軽口を叩き合いながら、街に向かって歩き出す。笑いが収まらなくて涙が出てきた僕の様子を前髪の隙間から見下ろす臨也さんは、からかい混じりに目じりを下げている。けれどそれは決して誤魔化しのない、例えば夜が終れば朝が来るのと同じくらい、とても自然な笑みだった。
作品名:夜と朝とあなたとぼく 作家名:まじこ