長滝小話
手を伸ばしても肩には届かない、微妙な距離。顔を上げれば、滝夜叉丸は了解したとばかりににじり寄る。
触れる肩は未だ成長途中を感じさせる。腕の中に閉じ込める細い身体は、鹿か何かのよう。その瞬発力は、おそらく長次もかなわないだろう。
指通りのよい髪を撫で、ここ最近の寝不足でクマのできた目尻をべろりと舐める。
「なっ……!」
口づけが降ってくると思っていたのだろう滝夜叉丸が、予想外の感触にあわてて腕の中から飛び退こうともがく。
動揺っぷりがあまりに可愛らしく見つめていれば、赤い顔をより赤くして、抗議のこぶしが胸を打つ。
「……冗談は、よしてください」
もちろん冗談でしているわけでもないし、これがはじめての行為でもない。つまりは、これも照れ隠し。
「先輩…っ」
声に構わずに目尻に、額に、頬に、今度こそ唇を降らせる。はじめのうちこそ身じろぐが、すぐにおとなしくなるのは、この関係が慣れた証拠。
だが、珍しく途中で大きな瞳がこちらの目を射抜く。
「……どうした?」
声にして問えば、細い腕が首筋に絡みつく。とん、と胸にかかる体重は、案外重い。
「あまり、いじめないでください。まだ、これから課外授業のレポートがあるんです」
そのために本を借りに来たのに、と、すねたように続く声。よほど疲れているのか、珍しい甘えだ。もっとも、小平太に言わせれば、滝夜叉丸は普段からかなり長次には甘えているという。
「夜這いではなかったのか?」
甘える場所が少ないならば、もっと甘やかしてみたくなるのも心情。耳元で、さっき終わった冗談を蒸し返す。
まだほんのり赤い顔を上げた滝夜叉丸は、今度は苦笑するように笑ってみせる。
「私、途中で寝てしまいますよ」
「それは、困るな」
先日、図書室で居眠りしていたのを思い出す。きっと肌を撫でている途中で、すやすやと気持ちよさそうな寝息に変わることだろう。快楽は心地よさと紙一重だから。
こちらの呟きに、小さなつぼみが綻ぶような、めったに人前で見らない笑みを浮かべて彼は頷く。
「はい。ですから、課外授業が終わってから、……考えます」
「……期待している」
顎を持ち上げれば、自然と落ちる瞼。それにもう一度触れ、薄く開いた唇に己の雄弁な唇を重ねた。