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ありえねぇ !! 5話目 後編

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(……ううう、真っ黒な人を見ちゃうと、頭の中がぞわぞわして気持ち悪いよぉもう。あああああ、この悪寒具合って、何かを連想するんだよなぁ……)


……ふと、この感覚が何に似ているかに気がついた。
と同時に、今まで必死で思い出そうとしても、何一つ無かった筈なのに。
頭の中に過去の自分の一場面が、まざまざと思い浮かぶ。

《あ……、あれぇ。……私って……》

それは、ハエ叩きを振り回している自分だった
あばら家と見紛うぐらい、粗末な造りのレトロな台所で、必死になってゴキブリを追い回している幼い子供。
だが、只でさえどんくさい帝人で、しかも反射神経が皆無な子供では、思うように虫を殺せなくて。
いよいよ憎き害虫を部屋の角に追い詰め、掛け声も荒々しく、大きくハエ叩きを振りかぶったその時。
自分めがけ、茶羽ゴキブリは起死回生の反撃に出やがったのだ。


それは、ぴよ~んと……羽を大きく羽ばたかせて飛び……帝人の大きな口の中にすぽっと…………。

《みぃぎゃあああああああああああああああああああ!!》

死んでも思い出したくなかった不快な過去に、首幽霊はがごんと床に墜落し、ゴロゴロとのた打ち回る。

『どうした帝人!!』
彼の絶叫を聞きつけたセルティが、慌てて駆け寄ってきて帝人の首を拾い上げ、PDAを突きつけてくる。

《ご、ごき……ごきぶ………、ゴキブリぃぃぃぃぃぃ……》

言った瞬間、両目からぶわっと勢い良く涙が迸った。
そうだ。
真っ黒に塗りつぶされた人を見た時のこの感覚は、帝人があの天敵を発見した時と同じなのだ。
幼少時代、口に飛び込んできやがったあの瞬間、舌と歯でごりっと噛み締めてしまったあの苦さとおぞましさ。
そして唾液と一緒に一部を飲み込み、悲鳴を上げて喉を掻き毟って……。
吐くものが無くなり、胃液しかでなくなっても、涙と、とめど無い嘔吐感に苦しみつつ、嫌な汗をかきながら孤独に吐き続けた……あの一連の流れ全てをひっくるめた【苦手】と【気持ち悪さ】

もう理屈じゃないのだ。
マジで見ただけでもう、生理的にあの虫を受け付けられない。
それと同じなのだ。【嘘で真っ黒けになった人】を見た感覚は、ただ【嫌い】。


悪寒の正体に気がついた途端、また、冷や汗がダラダラと流れ、目から涙が滝のように転がり落ちていく。

(うううう、何でぇ。よりによって之は無いでしょぉぉぉぉ!?)
どうして待ちに待った待望の【初めての、過去の記憶】が、こんなどうしようもないトラウマなのだ!?
もう少し楽しい事を思い出させてくれれば良いのに。
マジありえない!!

『あー、もうゴキブリぐらいで怖がって泣くな。帝人は本当に繊細だなぁ』
PDAを優しく見せた後、セルティがぽしぽしと頭を撫でてくれる。

『新羅、キッチンのお前特製ゴキブリ団子、効果が切れてるんじゃないのか?』
「おかしいなぁ。後一ヶ月は持つと思ったんだけど」
《………ううう、ごめんなさい………》


二人の甘い時間を邪魔したのが申し訳なくて、またどうしても新羅を受け付けられないだろう自分が嫌で、帝人は泣きじゃくりつつ繰り返しぺこぺこと頭を下げまくった。

そんな時だった。
何故か、【世界不思議発見】のオープニングテーマ曲が台所中を軽快に鳴り響きだした。

「あ、セルティ。君の仕事用携帯、メールが入ったみたいだよ」
『ええ? 今日は帝人がいるし、運び屋は勘弁して欲しいんだけど』

セルティは、まだ涙ぐんでいる帝人を優しく抱っこしたまま、慌てて黒い携帯を新羅から受け取り、小さな画面を覗き込んだ。
だが、携帯のディスプレイの文面をざっと読み終わったら、直ぐに帝人の首をテーブルの上にちょこんと置き、体を真正面に向けた後、うな垂れ、ふるふると首を横に振った。
 
『すまない帝人、臨也から依頼が入った。私は今から仕事に行かなくてはならない』
《えええええええ!?》

出ていた涙も、瞬時に吹っ飛んでしまった。
という事は、静雄が戻ってくるまで、真っ黒けっけの新羅と、同じ部屋の中で、たった二人で過ごさねばならない。

無理だ!!


《セルティさん!! 私、新羅さんと言葉も通じないんですけど!?》
『大丈夫、ノートパソコンの電源は入れておく。ネットも自由に閲覧していいから、静雄が来るまで時間を潰していてくれ』


一方新羅も、何故か気遣わしげに顔を曇らせている。

「本当に行くの? 」
『当然!!』

逆にセルティは、何故か雄々しくぱきりと指を鳴らす。

「あのねセルティ。私としては、杏里ちゃんの件が解決するまで、彼との接触は極力控えるべきだと思う。私自身は一応、今の【情報屋:折原臨也】にとって、まだまだ使える都合の良い闇医者だけど、君は【園原杏里】ちゃんの数少ない女友達な上、臨也が最も嫌いな【平和島静雄】と特別仲が良い親友のポジションにいる稀有な存在だ。
臨也と付き合いのある運び屋は、東京にいくらでもいる以上、あえて今君を呼ぶ事に違和感を感じる。何らかの意図があると思わないかい?」

『考え過ぎだ新羅。だって私はお前の恋人だろ? 臨也にとってお前は必要な存在なら、私を怒らせてお前との縁を切らせる訳がない。それにだ』

セルティは黒い手を再び組み合わせ、ぽきりぽきりとまた間接を鳴らした。

『荷物の届け先が、ネブラ研究所の森厳の所なんだ。ふふふふ……、私の首を切り離しやがった件、荷物と引き換えにぎゅうぎゅうに締め上げてきてやる。ついでに、杏里ちゃんの一家を不幸のどん底に突き落としやがった恨みも、拳に込めて盛大にはらしてくれる!! 見てろよあのガスマスク。殴る、絶対あのガスマスクをギタギタに壊してやる!!』


「……いってらっしゃい……」


しょっぱい顔で、新羅はぴらぴらっと手を振った。
怒れる今の彼女を引き止めれば、多分自分の腹が、強力な地獄突きの餌食になる事は必須だろう。
折角、セルティお手製の、美味しいパイを三種類も腹に詰め込んだのだ。
吐くなんて勿体無いし、きっと彼もしたく無かったのだろう。

その一方で、帝人の【異様なものセンサー】が、興味深い単語をキャッチしていた。

森厳とは、一昨日聞いた新羅さんのお父さんの筈。
だが【ガスマスク】とは一体?



《あの~、セルティさん?》
『ん、どうした帝人?』
《ガスマスクって?》

目をきらっきらに輝かせ、うずうずとちょこちょこ振動している首幽霊に、首なしライダーは肩を竦めた。

『ああ、森厳はな、『東京の空気は汚れていて、身体に毒だ』と信じきっていて、常にガスマスクを被って生活しているんだ。あいつは筋金入りだ。なんせシャワー浴びている時だって外さないんだからな。前に新羅が、私が入浴していると勘違いして、ウキウキ覗きに行き、風呂場であの男と鉢合わせした時の絶叫なんて、ホント、今思い出しても笑いが込み上げてくる』

そんな風に楽しげにPDAに文字を入力されれば、帝人も、ぽくぽくとほっぺが赤くなった。

《見たいです♪ お邪魔しないように静かにしていますから、是非ついて行きたいです!!》

そんな剣幕に、セルティはぐぐっと暫く固まった後、ぴぴぴと素早くPDAに入力し、突きつけてきた。