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ありえねぇ !! 5話目 後編

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一方、車に轢かれた首幽霊はというと。


《ううう……、あだだだだだだだだだ……!!》


帝人は、この頃楽に出せるようになった、影の触手で強打した頭を抱え、ふるふると首を横に振った。

一体、自分はどれだけの間、気絶していたのだろう?
それに、ここは何処だ?

痛みに涙で霞む目で見上げれば、虎縞の猫ちゃんが、帝人の首幽霊の前にちょこんと腰を降ろし、不思議そうに右前足で、ちょいちょいと自分を転がそうと動かしている。

《ななな!!》
「な~ご♪」

そしてぺろりと涙を舐めてくれた。
前足同様、それも素通りしたけれど。

《あ、あれ?猫ちゃんってば、やっぱり私が判るの?……、みぎゃああああああ》


頭を抱えていた帝人の黒い触手をぱくりと咥えられ、ぶんぶんと首を振りたくって回される。細くて長い尻尾も楽しげにゆらゆら揺れているが、これには帝人が堪らない。
すぐに触手を消したが、勢いは止まらず、ふっ飛ばされた先にあったダンボールに顔面を強打した。

(……ううううう、痛い……)

その影に避難しつつ、擦り剥いた低い鼻を、影の触手で撫でる。
セルティに拾われる前と違い、今は自由に使える『手』の代わりもあるし、池袋に行けば静雄の家か職場、新羅の家、それに来良総合病院……と、行けば保護して貰える場も四ケ所ある。
心細くても何とかなる筈だと、そう心を静めて改めて周囲を見回す。
すると、再びダンボールの向こうから、つぶらな目の可愛い仔猫とぱちりと目が合った。

《はははははははは》


かりかりと、箱を無理やり動かして、再び首幽霊の傍にやってきた猫は、嬉しそうに喉を鳴らしながら、また前足でてんつくてんつくと、帝人を転がそうと仕掛けてくる。
急いで触手は消したので、素通りする前足による被害は無かったが、一人静かに考え事をしたい時は、気が散るからじゃれてこないで欲しい。

(ホント、ここは何処だ?)

耳を澄ませば鈍いエンジン音がひっきりなしに聞こえ、がたごとと、ディズニーランドのビックサンダーマウンテンの、トロッコライドに乗っているような、揺れまくりの現状。
どうやら自分は工事現場で角材や瓦や窓ガラスを運搬するのにふさわしい、四トン規模のトラックの荷台にいるようだ。

周囲は乱雑に積み込まれたダンボールが、荷崩れを起こして散乱していた。
よっぽど急いでの引越しだったのか、物も何もかも投げ込むようにして詰め込んだ後、工事現場の防水対策でよく見る目に鮮やかなブルーのシートで覆っただけなので、もし自分がちょっとでもふわっと高く浮けば、直ぐに道路へと吹き飛ばされてしまいそうだ。


(あー、これが有名な【夜逃げ】? でも、まだ夕方だし)


ブルーシートが張られた天井から、はみ出さないようにして外を見れば、闇にあちらこちらに聳え立つ高層ビルの群れが、窓に冷たい明かりを灯して輝いている。
気絶していた時間がどれぐらいあったか知らないけど、すっかり日は沈み、夜になっていた。

(………静雄さん、心配してるだろうなぁ………)

アイアンクローの餌食になるのは確定だ。
自分が寝てる間に、トラックもきっと、結構な距離を走行しただろうし。
また風圧で吹っ飛び、車に撥ねられるのはごめんだから、赤信号でタイヤが止まった時を見計らい、降りようと覚悟を決める。

自分がどんくさい自覚もあるので、乗り越えやすいように……と、荷崩れ防止用の荷台ストッパーの傍に、ちょこちょこ跳ねて移動する。でもトラックの最後尾……五十センチぐらいのストッパーに、それを乗り越えようと、ちいちゃい前足でがしっと掴み、よじよじと上っている仔猫の姿を発見した。


《ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 駄目猫ちゃん!! 走ってるトラックから落ちたら死んじゃう!!》
(大体なんでこの仔、こんな危ない所で闊歩してるの!?)


こんな吹きっ晒しのトラックの荷台で、仔猫が放し飼い状態なんて、落ちたら一殺ではないか。

ずもずもと、影の触手を伸ばしてタコ姿になると、慌てて仔猫の背後に飛び掛る。
背中から腹までがっちり影を絡め、えいやっとストッパーから引き離し、荷台に落とすが、遊び相手が見つかった仔猫は嬉しかったのだろう。
再びかぷりと触手に喰らいつき、ぶんぶんと振りたくりだす。

だが、さっきのように慌てていなければ、対処法は色々と見つかるものだ。

帝人は咥えられた影を、投げられないようにゴムのように長く伸ばしつつ、猫を捕縛できるようなアイテムを探した。

するとトラックの丁度中央部分に、角がひしゃげて逆さまに転がっているダンボールがあり、そしてその横には、小型ペット持ち運び用のゲージが、檻の金具が壊れた状態でバラバラになっている。

どうやら、荷崩れ起こしたダンボール箱が落下し、それに衝突したため、籠部分が外れ、仔猫はお外に這い出てしまったのだろう。


帝人はずもずもと伸ばした別の触手で、猫のゲージを組み立てなおすが、金具を引っ掛けるパーツ部分がプラスチックでできており、しかも其処は割れてしまっている。
針金があれば何とかなっただろうが、今は無理だ。
こうなったら…と、ゲージの修理は諦め、檻部分を仔猫に被せて押さえ込んだ。

「ふみゃあああああああ!! みやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

爪を立てて抵抗するこの仔は可哀想だと思うけど、こんな危ない所で自由にさせるのは、見殺しにするようなものだ。
非力な自分が押さえつけているのは限界があるし、せめて何か重しになるようなものをここに乗せる事ができれば、安心してトラックから下りる事ができるのに。

影の触手を伸ばし、軽そうなダンボールを捜すが、どれもこれも自分に重すぎて、全然引っ張れない。

「ふみゃあああああああああ!! みゃあああああああああああああ!!」

人の気も知らず、猫はゲージに噛み付いて、がたがたと揺らしている。
帝人はこの仔を出さないように、顔を真っ赤にして影の触手を総動員して押さえ続けた。

だが、運命はあまりにも無情だった。

丁度その時、ききききとトラックが急ブレーキを踏み、前輪がぐねぐねと蛇行した後、いきなり左折した。
横断歩道で、誰かが飛び出したらしいのだが、架台にいた帝人が握っているのは、ゲージの檻だけだった。
振り子の法則、遠心力の力関係、そのどちらか見てみても、運転席から遠く離れていた荷台の荷物が、急な車の運動変更に巻き込まれ、負荷がかかって外側方面に向って吹っ飛ばされるのは当たり前で。
何のストッパーにもしがみついていなかった帝人の首が、車道にぽーんと放りだされたのは当たり前だった。

《みぎゃあああああああああああああああ!!》


がつんと後頭部からアスファルトに落ち、脳がシェイクされてくらくらだ。でも信号が変わってこっちに押し寄せてくる車の群れに蹂躙されるのはもっと嫌だから。

痛みにベソをかきながら、歯を食いしばって空にぴょんと跳ね上がる。
えぐえぐと啜りながら顔を周囲に向けると、辺りは真っ暗な上、自分をここまで乗せてきたトラックは、すでに遥か彼方へと小さくなっており、びゅんびゅんに進む車のスピードに、首幽霊は青ざめるばかりである。
あの猫ちゃんは大丈夫だったのだろうか?
それに