harvest festival?
「そうですか」
「脳みそっていっぱいエネルギーを使うからエネルギー補給をする方がいい」
怪訝な顔をする有里に向かって達海はそう言って笑いかけると、こわばった表情からやや打ち解けたような表情に変化した。
「それに。ここは後藤のおごりだから高くてうまいものを食う方がいい」
「そうですね」
有里は笑顔を見せながらメニューを開いた。
それを見て後藤は人知れずそっと胃のあたりを押さえた。
「秋のイベントかぁ」
「何か話題があるといいなって思うんですけど」
食後のコーヒーをすすりながら有里の話を達海はただうなずきながら耳を傾ける。
「秋って言えばスポーツの秋、読書の秋。そして、芸術の秋!いろいろありますよね」
デザートをぱくつきながら有里は想像の翼を広げてうっとりとする。
「ハロウィン......ってあったなぁ」
「ああ、かぼちゃの置物を飾るお祭りですね」
「あれって魔除けなんだよ。悪さをする霊だかお化けを追い返すために飾るんだ」
「そうなんですか」
「んー。俺が聞いた感じではそうだった。俺の英語もいい加減だからな」
達海はそう言ってイングランド時代を思い出すように目を細めた。
「仮装をして練り歩くんだろ」
後藤が訊ねると達海はこくんと頷く。
「子供がお菓子をくれって言うんだ」
「トリックオアトリートでしたっけ」
「そうそう。有里も知ってんじゃん」
達海の言葉に有里は嬉しそうに頬を染めて笑った。
「仮装は良いですねぇ。仮装コンテストとか」
有里の言葉に達海はにやりと人の悪そうな笑みを浮かべる。
「仮装かぁ。もちろん、後藤も手伝うよな」
達海の表情と言葉に後藤は背筋が寒くなった。
「一体、なんだ。これは」
堺は目の前の光景を見て頭が痛くなった。そして、ちらりと鏡を見ると自分の姿を見てめまいを覚えた。
漆黒のマントを羽織り、漆黒のタキシードを着た自分が立っている。
それを見て軽くため息をつくと口元の乱杭歯がきらりと光った。
別の方向へ目を移すと万国博覧会かおとぎの国か言う具合にさまざまな仮装をしたチームメイトが所在なく立っている。
赤ずきんに白雪姫、マッチ売りの少女にシンデレラ。どこから見ても立派な筋肉質の男たちが複雑な顔つきで立っている。誰もが見事に似合っていない。
自分に女装が回ってこなかっただけましだろうか。
そして、コーチの松原の姿もある。松原は何故か天使の恰好をして途方に暮れている。弓矢を持っているところは愛のキューピットなのだろう。ずいぶんと老けた。いや、丸っこい愛の天使だ。
それを指さして達海が笑っている。
この人は見ているだけで何の仮装もしていない。監督は特別と言いながら何もせず、ただ周囲の反応を見て笑って楽しんでいた。
なんだか夏キャンプに続きと松原さんはとことん気の毒な人だ、と堺は同情のまなざしを送ってしまった。
事の起こりは有里の唐突な思いつきだった。
「今月末はハロウィンです」
有里は突然そう言い放ち、その起源や由来を語り始めようとしたが選手たちは口々に「説明は良いから」と首を横に振った。
堺も思わず首を横に振ってしまった。普段なら断りたいところを我慢して腕組みをして切りぬけるところだが、そろそろ限界に近い。
ブーイングまではさすがに起こらなかったが選手たちのテンションは明らかに落ちている。
「えー。せっかく勉強してきたのに」
有里は残念そうな顔を一瞬だけ浮かべたが、いつもの張り切る元気な表情に戻る。
「ハロウィンの日に練習場を開放してファンの皆さんと交流会をします」
そう宣言し、それが仮装パーティと聞いた時、選手とスタッフは嫌な予感がした。
「はいっ。くじを引きますよ」
有里が大きな箱を持ち出した瞬間、ほぼ全員が「俺らがするのか」「いやだよ」と、異口同音に口にしたが有里は取り合わない。
ファンが仮装をしてお菓子をもらいに来るだろうという予感がうすうすあったのだが、まさか自分たちが仮装してお菓子を配るという発想はなかった。
「なんで俺らがしなくちゃならねーんだよ」
黒田が喚き散らして怒っている。近くに立つ堺も気持ちが分かるが怒るに怒れない。
有里の考えることは想像の範疇から外れたが、彼女は良くも悪くもチームのことを考えている。そのため、嫌とは言い難い。
有里から協力をしてくれますよね、という期待に満ちた視線を送られる気がして堺は思わず目を閉じた。
「まぁ、別にいいじゃん。ファンサービスだよ」
指揮官は有里に怒るどころか片棒を担いでいた。それを見て選手たちは、発案は有里ではなく人の悪い笑みを浮かべている達海なのだと気付いた。
「楽しそうじゃん」
「なぁ」
丹波と石神は笑いながらこういうのは童心に戻って楽しむべきだと言い出す。
その中で一人、怪我をしている緑川は免除されそうな気配なので黙って成り行きを見ている。
「いいこと言うねぇ」
達海が人の悪い笑顔でにやにやと笑った。その隣で真っ青になって立っている松原の姿を見て堺は心の底から同情を覚えた。
丹波は「仮装は楽しそうじゃん」と、堺に耳打ちするが、堺は同意したくないので無視した。
堺に無視をされた丹波は「ところで、有里は仮装しないのか」と、うっかり言い出しそうな勢いだったので堀田が慌てて腕を押さえた。そして、お願い黙って、と目で訴えていた。
「コスプレかぁ」
世良は悩みのかけらもなさそうな声で呟いたので堺は思わず後頭部を殴ってしまった。
「痛いっス、堺さん」
「悪い手が滑った」
そう言いないながら回ってきたくじを引くと堺の引いた紙には吸血鬼と書かれていた。
良いくじを引いたのか悪いくじを引いたのかさっぱり分からなかったが、周囲の顔色を見るとましな方に見えてくるのが不思議だった。
「僕が世界を統べる存在っていうのは良いけど。女王って言うのはちょっと納得がいかないよね」
赤の女王に扮したジーノは気だるげに頬杖をつきながらつまらなそうにしている。その顔に薄化粧までしていて不気味だ。
しかし、他の連中よりも顔が濃い分だけ似合っているような気がしてしまう。ジーノが堂々としているせいだろうか。
最初は女装が嫌だ、と浮かない顔をしていたくせに頭に豪華なティアラを載せられただけで機嫌がよくなる辺りが妙な男だ。
その隣でアリスの恰好をした椿が何やら気の毒に見えて来る。スカートの裾を気にしながら椿は必死に「似合っています」「素敵です」と、ジーノをほめている。
「バッキーに言われてもそんなに嬉しくないけどね」
ジーノはばっさりと切り捨てると手鏡で自分の姿を見ていた。
「まぁ。僕が主役っていうのは分かるよ」
涼しい顔で勝手なことを言っているジーノに夏木が思わず指摘する。
「主役はアリスだろ」
「うるさいな、ナッツは。そう思わない、バッキー」
「えーっと」
「無視するなよ、ジーノ」
「なんだか退屈だね。ナッツのことを死刑にしちゃおうっか」
「ええっ」
「何を勝手なこと言ってるんだよ。ジーノ」
まさに赤の女王と同じようなことを言うジーノを見て堺は思わず吹き出した。夏木はからかわれたと思って堺のマントを思い切り掴む。
作品名:harvest festival? 作家名:すずき さや