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Bye-Bye My Dear...

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蝉が、うるさく鳴いている。
彼女が違う世界に旅だってしまってから5年、彼女の誕生を祝うための行事は、彼女の死を悼むための行事へとなり、それはだんだんと一族に定着していった。
5年前の夏、そう、彼女が旅立ったその夏に、私はそこに何人かいた異分子の一人として存在した。
私と同じように異分子だった健二君はこのあいだ、正式に異分子ではなくなってしまったのだけれど、その夏、彼は確かに異分子だった。
健二君は多少のからかいや嫉妬におろおろとしながらも、確かな愛情も確立させていた。
私はといえば、確かに愛情を確立させてはいたけれど、からかいや、嫉妬などというものは存在していなかった。
その理由は簡単に言ってしまえば子供だったから、だとおもう。
私は健二君よりもずっと前からその一族の中に異分子として存在して、幼い感情で作られた「愛」を抱えていた。
そのことをからかうには私たちの年齢は少し幼くて、それと同時に容易にはからかえないような、壊れてしまいそうな危うさをたたえていたんだろう。
表面張力いっぱいまで注ぎ込まれた愛は、ついに溢れ出して止まらなくなっていた。
いつしか重みで底も抜けてしまっていて、なのに私たちはそれに気づかずお互いの壊れた器に愛を注ぎ続けた。
注ぐ事をやめられないでいるうちに私たちは成長していて、なんとなく、壊れていることを感じ始めていたけれど、それでも、いや、だからこそ注ぐ事を止めなかった。
止めてはいけないと、脳だか心だかわからないけれど、とにかく身体のどこかがしきりに叫んでいた。


わいわいと、彼女が残した言葉通りに私たちはみんな一緒に食事をした。
彼がいつか使っていた座椅子は彼の妹のものになっていて、それを微笑ましく一族は見ている。
私たち、おもに彼の年齢が大人たちにとっての一定の水準を達したのだろう、彼らは私たちをからかうことを始めていた。
何度目の夏からだったかはもう憶えていないけれど、とにかくそれは始まっていて、嬉しいような、悲しいような、不思議な感情を憶えた。
けれどこの5年目の夏、決定的な5年目の夏、そのからかいは私たちではなく、私に向けられていた。
異分子である私とこの一族をつなぐものはもうないと言っても過言ではないのに一族は不可解な包容力をもってして、私を包む。
そのくすぐったいような感覚に慣れてきた頃に、食事は終わった。
後片付けを始めた一族の中から、音もなく、すっと離れて行った彼を私は視線だけで見送った。


納戸の方を見れば、ぼんやりと光が漏れている。
トイレに行くと言って片付けから抜け出そうとすれば、麦茶を持って行ってあげて、とグラスに入った冷たい麦茶をふたつ渡された。
そっと、気づかれないように納戸の入り口に立って、その変わらない後ろ姿を見つめる。
変わったところといえば、背が伸びたぐらいなものだとおもっていたけれど、こうして改めてその後ろ姿を見れば、あの少年独特の細さは消え、細いながらも男らしいがっしりとした体つきになっている。
うるさく鳴き続ける蝉の声に混じって、キーボードを打つ音が聞こえる。目を閉じれば、あの夏に戻って行けるような気さえ、した。
彼はパソコンと向き合ったままに、入りなよ、と私に声をかけた。
気づかれないように立っていたつもりだったけれど、その行為自体にたいして意味は無かったから、やっぱり気づかれていたかなんて思いながらそれでもそっと納戸に足を踏み入れた。
彼はいまだにパソコンに向き合ってキーを叩き続けていて、私は彼の視界に入らない位置に座った。
グラスについたたくさんの水が、グラスに筋を残しながら床に垂れて小さな水たまりを作っていく。そこに音は無い。
蝉の声は止む事無く聞こえていて、そこにタイピング音が混じる。
ずっと、ただひたすらこの時間が永遠に続いていくような気がして、私は殊更ゆっくりと瞬きをした。
不意にタイピングの音がなくなって、彼が私をその視界に捉えた。
私はたったそれだけの事に息が詰まるほどの幸福感を憶えて、彼のことを見つめ返した。
彼は私が持ってきた麦茶を飲む。彼の喉仏が上下するのを見て、改めて彼が男になっていることを意識した。私の知る、幼い彼ではなくなっていたのは、とっくに知っていたけれど。
グラスの中の氷が軽やかに音をたてて、私は彼から視線を外した。
彼の後ろのパソコンに目を向ければ、winという文字が見えた。すぐに画面は切り替わって、ただ座っているキングが映し出された。戦士の休息だ。
彼の名前に、キングを冠したそのウサギのアバターはこの5年間、不動の地位を保ってきた。
いや、性格に言うならばその前から彼はキングだったけれど、5年前の夏に負けてしまっている。とはいっても相手はただのチートだった訳だから、その敗北を敗北として数えるのは少し違うかもしれない。
キングはただ座って、彼の指示を待っている。自由に動くことのできる世界で、それでもキングは彼の言葉を待っている。
私は握っている携帯のキーを押した。
彼の、キングしかいなかったパソコンの画面の中に私のアバターという異分子が飛び込む。
キングは、私のアバターを前にその瞳を泳がせ、どうしようかと彼に視線を投げ掛ける。
彼はパソコンの画面を一瞥すると、好きにしていいよ、と呟いた。
夏らしい、湿気をはらんだ沈黙が狭い納戸を満たしている。


「久しぶり」
「・・・うん」


納戸に入って始めて私が発した声に、彼は無愛想にうなずいた。
相変わらずな態度に少し苦笑を漏らせば、彼は手に持っていたグラスに注がれていた視線をあげて、私のことを見た。
私はまた息が詰まりそうになりながら彼の目を見つめ返した。すぐに耐えきれなくなって視線を外す。
彼がパソコンに向かい合っている間におりていた静けさとは違う、沈黙が流れる。
息が苦しくなるようなそれは、彼が私を責めているようにも感じられて、私は胸がぎしぎしと軋む音を確かに聞いた。





作品名:Bye-Bye My Dear... 作家名:ハチ