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Bye-Bye My Dear...

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いきなり、彼が抱きついてきた。
勢いよく抱きついてきたわりには衝撃は少なくて、私はすこしよろめいただけで姿勢を崩しはしなかった。
その代わりといってはなんだけれど、私の分のグラスが倒れて鈍い音をたてた。麦茶が、床に広がっていく。
彼の身体は少しだけ震えていて、そういう彼の所作すべてが私を責めているように感じられた。
ねえ、と弱々しい声が彼の口元から漏れだすのを私はただ黙って聞いていた。
ああ、蝉がうるさい。


「結婚するなんて、嘘でしょ」
「・・・」


ただ、黙る。
それが肯定の意をたたえていることをきっと彼は感じている。そもそも、彼はきっと嘘じゃないことをこれ以上無いくらいにはっきりと理解しているに違いなかった。
私たちの壊れた愛の器から、愛はとどめなくこぼれていく。
じっ、という羽のこすれる音を最後に、うるさいぐらい大きな声で愛を叫び続けた蝉が息絶え、納戸は無音の世界になった。
彼は私に抱きつくというよりも力なくすがっていて、震える彼の手に、私の手を重ねた。


「ごめん」
「・・・そんなこと言うぐらいなら、止めてよ」
「ごめんね」
「嘘だって、言ってよ」
「嘘じゃないの。本当なの。ごめん」


重ね合わせた手で、彼の私にすがる手を外した。
彼は下を向いたままで、顔をあげようとはしなくて、いまどんな表情をしているかは想像するしかない。
また別の蝉が鳴き始めて、一瞬の無音の世界ははじけとんだ。
それを合図に私は立ち上がり、納戸の入り口にたった。
薄暗い納戸の中で強い光を放つパソコンの画面の中では、キングと、私のアバターがそっと手をつないでいた。
冷たい麦茶の入っていたグラスは倒れたままで、麦茶はどんどんと広がり、侵攻を止める事は無い。
その広がる麦茶の先、納戸のなかで崩れるように座っている彼のことを、最後に、目に焼き付けるように見て、私は納戸を出た。

廊下を曲がったとき、彼の涙に濡れた「くそっ」という言葉と、拳を床に、力なく叩き付ける音が、聞こえた。






蝉がうるさく愛を叫ぶ、5年目の夏だった。











(私の頬を、汗とは違う"何か"が伝った)

作品名:Bye-Bye My Dear... 作家名:ハチ