[童話風ギルエリで5つのお題]
童話風ギルエリで5つのお題
『スケープゴート(生け贄)・「忘れて」なんて言えるわけない・無防備は罪・光る淡雲・喘げよ姫君』
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昔々、羊飼いの丘がありました。
村はたいそう小さく、人々は羊を飼って細々と暮らしておりました。
ある日、丘に狼が一匹現れました。
彼はたいそうずる賢く、丘に放されていた羊たちを全部隠してしまいました。
羊飼いたちはたいそう困り、狼に幾度も交渉を持ちかけましたが、狼は羊飼いが困れば困るほど喜ぶばかり。
ギルベルトと言う名のその狼は、騎士の身分から野盗に落ちたならず者で、羊飼いたちが束になっても狼ひとりにかないません。
求めに応じて、たくさんのビールとヴルストがギルベルトに貢がれたが、ギルベルトはいっこうに約束の羊を返してはくれないのでした。
冬が来る前に羊を返してもらえなければ、羊飼いたちは飢えて死んでしまいます。
困り果てた羊飼いたちが頭を寄せあって相談していると、傷ついた馬が一頭通りかかりました。
「これは羊飼いのみなさん、お困りのようですが何かありましたか?」
傷ついた馬は羊飼いに尋ねました。
「丘の上の狼に、羊を隠されて困っているのです」
羊飼いたちは答えました。
傷ついた馬はそれを聞いて考えました。
狼にうまく話をして、羊飼いたちと仲良くさせることができたら、この村に落ち着かせてはもらえまいか。自分が羊飼いと一緒に羊を見回り、荷を引き小麦を挽いて暮らすことを認めてもらえないだろうかと。
なぜなら馬は故郷を追われ、はるばる旅をしてくたびれ果てていたのです。
「よかったら、私が行って話をしてきましょうか?」
馬は羊飼いたちに言いました。
羊飼いたちは驚きましたが、丘の上の狼は村の羊飼いがゆくと必ずたくさんの食べ物をねだるので、よそから来た馬に頼むのはよい案のように思えました。
馬はこの土地の文字が読めないので、羊飼いたちからの手紙をたずさえて丘の上に行くことになりました。
羊飼いたちは馬を綺麗に磨き上げ、けがの手当をしてやって送り出しました。
丘の上で狼は、いつもと違うにおいに気づいて馬がやってくるのをじっと待ちかまえていました。
やってくる馬は若い娘でした。
羊飼いの服で飾られ、胸に大事に手紙を抱いた娘の名はエリザベータ。遠く故郷で戦いに敗れ、はるばる羊飼いの丘まで逃げ延びてきた少女でした。
武器を持たない馬を狼は迎え入れ、洞窟まで連れていくと用を尋ねました。
「おまえ、何をしにここに来た?」
「羊を羊飼いに返してやって。手紙を預かってきました」
馬が預かってきた手紙を読んで、狼は困り果てました。
手紙には、羊を返して欲しい、かわりにこの馬を好きにしてよいとしたためられていたのです。
自分と同じよそ者の、何も知らない無邪気な馬に、狼はにやりと笑いました。
「羊の代わりにお前を食えと書いてある」
「ならば食べればいいでしょう」
馬は気にせず洞窟に入りました。
「その代わり、羊は返さなくてはいけません」
狼の寝床に丸くなると、馬はすやすやと眠り始めました。
狼は寝床を取られて腹が立ちましたが、それよりも馬を生け贄に差し出した羊飼いが気に入りません。
夜に紛れて狼は洞窟を抜け出し、羊のいない羊飼いの小屋に火を放ちました。
明け方馬が目覚めると、狼が朝食の支度をしています。
「手伝いましょうか」
と馬が言うと、黙って場所を空けました。
馬は狼の服にしみついた焦げ臭いにおいに気づきましたが、それがなぜだかは分かりません。
狼の分と馬の分の朝食を二人で作って食べました。
「全部の羊の面倒を見るのは大変でしょう?」
馬が尋ねると狼は答えました。
「そうでもない。秘密の場所があるからな」
「あなたには、全部の羊は必要ないでしょう?」
馬が尋ねると狼は答えました。
「そうでもない。いくらあっても足りることはないからな」
「あなたに、羊よりも大事なものがあったらいいのに」
馬はため息をつきました。
「そうしたら私はそれをあなたにあげて、羊を連れ帰る代わりにあの村に置いてもらうのに」
「羊を返して出ていけとは言わないのか」
今度は狼が不思議になって尋ねました。
「あなたがいるだけのことは別に悪くはないでしょう」
馬は答えてスープを飲みました。
狼は馬を洞窟に待たせて、岩に囲まれた秘密の草原へ羊の様子を見に行きました。
そこは色とりどりに花の咲き乱れる場所で、狼は野盗の一団からはぐれて、この花畑でしばらく過ごしていたのでした。
馬は、狼の欲しいものを知りたがっていましたが、何度も大事なものをなくした狼には欲しいものが思いつきませんでした。
野原を見渡すと、母羊とはぐれて弱った子羊が目につきました。
狼は弱りかけの子羊を抱いて帰り、馬に面倒を見るように言いました。
「嬉しい、することがなくて困ってたの」
と馬は言いました。
「お前は俺に食べられたと羊飼いたちは思ってるぞ」
「でも、羊を取り返しても、あなたが本当に欲しいものを渡せないと、あなたは遠くへ行って同じことをするだけでしょう」
子羊を抱いて温めてやりながら馬は言いました。
「歌は好き? 踊りは?」
「そんなものに興味はない」
「じゃあ、今知りたいことは?」
狼は馬をじっと見ました。
「お前の名前は?」
「エリザベータ。あなたは?」
「ギルベルト」
エリザベータは、村でも名前を尋ねられなかったのにあなたに教えるなんて変な感じ、と笑いました。
名前を知ったら情が移るからだとギルベルトは知っていたので黙りました。
そのかわり、その夜村へ降りて干し草小屋に火をつけました。
エリザベータは相変わらずギルベルトの寝床で寝ていたので、ギルベルトはその隣にうずくまって眠りました。子羊を抱いたエリザベータはほのかに太陽のにおいがして、それはギルベルトに深い眠りを与えました。
明け方、ギルベルトは朝食の食料を取りに行き、帰りに花を摘みました。
エリザベータは花を喜んで髪に飾りました。
花を飾って歌を歌い、子羊を抱いて暖めるエリザベータに、ギルベルトは驚き、呆れました。羊飼いにいいように使われ、いつどんな目に遭わされてもおかしくない狼の元で寝泊まりしていてもなお、エリザベータは笑うことができるのでした。
ギルベルトは狩りに出ることが増えました。
羊飼いの羊を食べるとエリザベータは困った顔をしましたが、狩りの獲物は喜んで食べたからです。
エリザベータは不思議な娘で、獣をさばいて料理するのが大変に上手でした。二人は共に森に入り、狩りをしたり木の実をとったりしては食べるようになりました。
パンは、エリザベータが時折、羊飼いに少しずつ羊を返してはもらってくるようになりました。
羊飼いたちは羊の全部が返って来る時はエリザベータが食べられて戻らなくなる時だと思っていましたので、死にゆく娘にせめてもの罪滅ぼしをしているつもりなのでした。
『スケープゴート(生け贄)・「忘れて」なんて言えるわけない・無防備は罪・光る淡雲・喘げよ姫君』
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昔々、羊飼いの丘がありました。
村はたいそう小さく、人々は羊を飼って細々と暮らしておりました。
ある日、丘に狼が一匹現れました。
彼はたいそうずる賢く、丘に放されていた羊たちを全部隠してしまいました。
羊飼いたちはたいそう困り、狼に幾度も交渉を持ちかけましたが、狼は羊飼いが困れば困るほど喜ぶばかり。
ギルベルトと言う名のその狼は、騎士の身分から野盗に落ちたならず者で、羊飼いたちが束になっても狼ひとりにかないません。
求めに応じて、たくさんのビールとヴルストがギルベルトに貢がれたが、ギルベルトはいっこうに約束の羊を返してはくれないのでした。
冬が来る前に羊を返してもらえなければ、羊飼いたちは飢えて死んでしまいます。
困り果てた羊飼いたちが頭を寄せあって相談していると、傷ついた馬が一頭通りかかりました。
「これは羊飼いのみなさん、お困りのようですが何かありましたか?」
傷ついた馬は羊飼いに尋ねました。
「丘の上の狼に、羊を隠されて困っているのです」
羊飼いたちは答えました。
傷ついた馬はそれを聞いて考えました。
狼にうまく話をして、羊飼いたちと仲良くさせることができたら、この村に落ち着かせてはもらえまいか。自分が羊飼いと一緒に羊を見回り、荷を引き小麦を挽いて暮らすことを認めてもらえないだろうかと。
なぜなら馬は故郷を追われ、はるばる旅をしてくたびれ果てていたのです。
「よかったら、私が行って話をしてきましょうか?」
馬は羊飼いたちに言いました。
羊飼いたちは驚きましたが、丘の上の狼は村の羊飼いがゆくと必ずたくさんの食べ物をねだるので、よそから来た馬に頼むのはよい案のように思えました。
馬はこの土地の文字が読めないので、羊飼いたちからの手紙をたずさえて丘の上に行くことになりました。
羊飼いたちは馬を綺麗に磨き上げ、けがの手当をしてやって送り出しました。
丘の上で狼は、いつもと違うにおいに気づいて馬がやってくるのをじっと待ちかまえていました。
やってくる馬は若い娘でした。
羊飼いの服で飾られ、胸に大事に手紙を抱いた娘の名はエリザベータ。遠く故郷で戦いに敗れ、はるばる羊飼いの丘まで逃げ延びてきた少女でした。
武器を持たない馬を狼は迎え入れ、洞窟まで連れていくと用を尋ねました。
「おまえ、何をしにここに来た?」
「羊を羊飼いに返してやって。手紙を預かってきました」
馬が預かってきた手紙を読んで、狼は困り果てました。
手紙には、羊を返して欲しい、かわりにこの馬を好きにしてよいとしたためられていたのです。
自分と同じよそ者の、何も知らない無邪気な馬に、狼はにやりと笑いました。
「羊の代わりにお前を食えと書いてある」
「ならば食べればいいでしょう」
馬は気にせず洞窟に入りました。
「その代わり、羊は返さなくてはいけません」
狼の寝床に丸くなると、馬はすやすやと眠り始めました。
狼は寝床を取られて腹が立ちましたが、それよりも馬を生け贄に差し出した羊飼いが気に入りません。
夜に紛れて狼は洞窟を抜け出し、羊のいない羊飼いの小屋に火を放ちました。
明け方馬が目覚めると、狼が朝食の支度をしています。
「手伝いましょうか」
と馬が言うと、黙って場所を空けました。
馬は狼の服にしみついた焦げ臭いにおいに気づきましたが、それがなぜだかは分かりません。
狼の分と馬の分の朝食を二人で作って食べました。
「全部の羊の面倒を見るのは大変でしょう?」
馬が尋ねると狼は答えました。
「そうでもない。秘密の場所があるからな」
「あなたには、全部の羊は必要ないでしょう?」
馬が尋ねると狼は答えました。
「そうでもない。いくらあっても足りることはないからな」
「あなたに、羊よりも大事なものがあったらいいのに」
馬はため息をつきました。
「そうしたら私はそれをあなたにあげて、羊を連れ帰る代わりにあの村に置いてもらうのに」
「羊を返して出ていけとは言わないのか」
今度は狼が不思議になって尋ねました。
「あなたがいるだけのことは別に悪くはないでしょう」
馬は答えてスープを飲みました。
狼は馬を洞窟に待たせて、岩に囲まれた秘密の草原へ羊の様子を見に行きました。
そこは色とりどりに花の咲き乱れる場所で、狼は野盗の一団からはぐれて、この花畑でしばらく過ごしていたのでした。
馬は、狼の欲しいものを知りたがっていましたが、何度も大事なものをなくした狼には欲しいものが思いつきませんでした。
野原を見渡すと、母羊とはぐれて弱った子羊が目につきました。
狼は弱りかけの子羊を抱いて帰り、馬に面倒を見るように言いました。
「嬉しい、することがなくて困ってたの」
と馬は言いました。
「お前は俺に食べられたと羊飼いたちは思ってるぞ」
「でも、羊を取り返しても、あなたが本当に欲しいものを渡せないと、あなたは遠くへ行って同じことをするだけでしょう」
子羊を抱いて温めてやりながら馬は言いました。
「歌は好き? 踊りは?」
「そんなものに興味はない」
「じゃあ、今知りたいことは?」
狼は馬をじっと見ました。
「お前の名前は?」
「エリザベータ。あなたは?」
「ギルベルト」
エリザベータは、村でも名前を尋ねられなかったのにあなたに教えるなんて変な感じ、と笑いました。
名前を知ったら情が移るからだとギルベルトは知っていたので黙りました。
そのかわり、その夜村へ降りて干し草小屋に火をつけました。
エリザベータは相変わらずギルベルトの寝床で寝ていたので、ギルベルトはその隣にうずくまって眠りました。子羊を抱いたエリザベータはほのかに太陽のにおいがして、それはギルベルトに深い眠りを与えました。
明け方、ギルベルトは朝食の食料を取りに行き、帰りに花を摘みました。
エリザベータは花を喜んで髪に飾りました。
花を飾って歌を歌い、子羊を抱いて暖めるエリザベータに、ギルベルトは驚き、呆れました。羊飼いにいいように使われ、いつどんな目に遭わされてもおかしくない狼の元で寝泊まりしていてもなお、エリザベータは笑うことができるのでした。
ギルベルトは狩りに出ることが増えました。
羊飼いの羊を食べるとエリザベータは困った顔をしましたが、狩りの獲物は喜んで食べたからです。
エリザベータは不思議な娘で、獣をさばいて料理するのが大変に上手でした。二人は共に森に入り、狩りをしたり木の実をとったりしては食べるようになりました。
パンは、エリザベータが時折、羊飼いに少しずつ羊を返してはもらってくるようになりました。
羊飼いたちは羊の全部が返って来る時はエリザベータが食べられて戻らなくなる時だと思っていましたので、死にゆく娘にせめてもの罪滅ぼしをしているつもりなのでした。
作品名:[童話風ギルエリで5つのお題] 作家名:佐野田鳴海