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麒麟、生涯の王と出会う

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使令である大きな妖魔に背にまたがり、空を駆る。
青色の毛並みを持つ大型犬に似た獣の背は、思っているより座り心地がよい。風になびく伸びかけの髪に手を触れながら、臨也は地上を眺めていた。
「また、村が滅んだのか」
荒廃した大地、その中にポツンと心細げに家が立ち並ぶ集落が見える。しかし、遠くから見てもわかる崩れかけた家、人の気配を感じない閑散とした様子。
(このまま、この国は滅びてしまうかもしれないね)
麒麟としての臨也はそのことを憂い、何とかせねばと考えている。
しかし『折原臨也』としてはどこか他人ごとのように感じていた。
(このまま滅びるのも運命かもしれない)
口には出さないものの、臨也はこの終わりの見えない日々に、以前感じていたような退屈さと、空虚感を感じていた。
誰か適当に王として連れて行けば、変化が生まれ、今度は国を動かすという新たな遊びもできるのに、それもできない。
遊び、そう、臨也はいつからか自分の人生をゲームのように感じ始めていた。
「何処にいるんだろうね…俺の王様は」
つまらなそうに呟いた臨也を、使令が気遣い顔を向ける。気にするなと言おうとした瞬間、臨也は今まで感じたことのない何かを感じた。
呼ばれている、そんな気がした。
「…あの村に降りろ」
自分の言葉に戸惑う使令に、「早くして」と再び告げる間も視線を村から外せなかった。

妖魔に襲われたのか、家々は崩れ瓦礫が散乱していた。感じ取った血の臭い。
「これ以上は御身に障ります。戻りましょう」
そう言葉を繰り返す指令を無視し、死臭に倒れそうになりながらも臨也は村の中を進んだ。
すると、ある家の前に一人の少女が立っていた。
肩まで無造作に伸びた髪に、痩せ細った身体。身にまとっている服もボロボロだ。
「こんなところで何をしているの?」
臨也に声を掛けられ、少女は億劫そうに振り向いた。
顔の作りや体つきからみて、年頃は十四、五歳。土で汚れた顔はやはり幼かった。
「貴方こそ、ここで何を?」
「俺?俺は…探し物を、ね」
返ってきた声はか細いが、離れた場所に位置する臨也にもはっきり聞こえる透き通った声をしていた。
ゆっくりと少女に近付きながら臨也は再び声をかける。
「君は一人?親は?」
問いかけに少女は無表情のまま臨也に向けていた顔を、崩れかけた家に向けた。
「父は…小さい頃に病で死にました。母は、先日妖魔に、ころされました」
(先日、ね。この死臭はそのせいか)
いまだ強く残る血の臭い。それはここに住んでいた村人、この少女の母も含まれているのだろう。臨也は眉をしかめた。
「君は、どうする気だい」
「……わかりません」
少女の空虚に彷徨っていた瞳は隣に立つ臨也を捉えた。うつろいながらも蒼々と瞳が輝いていた。
「僕は、ひとりです。生きたいけれど、ひとりでどうすればいいのか、わかりません」
家族を失い、彼女は悲しみに満ちていた。一人で生きることに途方に暮れた少女が、弱い存在がそこにはいた。
「ねぇ、名前は?」
「…ミカド、です」
「ミカド。どんな字?」
「帝という字に、人を続けて『帝人』です」
「へぇ」
「母が、苦しく厳しい暮らしでも、王様のように気高く生きていけるようにって」
「随分と仰々しい名だね」
恐れ多くも王と同等の意味を持つ『帝』を名前に取り入れる。娘に生き残って欲しいという、母の何よりもの願いが込められたのだろう。
臨也は彼女の名前を口の中で呟き、口元に笑みを浮かべた。

「だけど、その名は君にこそ相応しい」

(ああ、そうだ。この子だ。この方こそが俺の)
ゆっくりと臨也は跪き、頭を下げる。あれ程嫌っていた行為がすんなりと進む。むしろ高揚感に満ちていた。

「天命をもって主上にお迎えする。御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げる」

一目見た瞬間に感じた衝撃。彼女の全てが神々しく感じられる。
何よりも目の前の少女が大切な、自分の主であると本能が叫んでいた。
彼女こそが、求め続けた王。自らの存在意義。
突如首を垂れた臨也を呆然と帝人は見つめていた。
「あ、の…あなたは?」
「許す、と言って」
「え?」
「許す、と言えば俺は君の側にいてあげる」
臨也の言葉に帝人の体がピクリと揺れる。
「ずっと、君を一人にせず側に。共に生きよう」
さぁ、と頭を下げたまま帝人の言葉を待つ。そっと自分の願いを受け入れられるその時を待った。

「…ゆるす?」

疑問符がついた状態で呟かれた言葉。耳にそれが届いた瞬間、臨也の体は歓喜に震えた。
臨也は立ち上がり、不思議そうに自分を見上げる帝人に視線を合わせる。
帝人に手を差し伸べ、臨也は高らかに告げた。

「おめでとう!君は今日からこの国の王様だ!」

(なんて素晴らしいことだろう!)
(王と麒麟。これで全て揃った)
(やっと。やっと次に進める)
(彼女が俺の王様。彼女だけが俺を支配できる存在)
(きっと彼女は俺を頼る。ひとりぼっちの自分の側にいてくれるこの俺を)
(彼女を支配できるのも俺だけだ)

「俺は君の麒麟だ。君は、俺だけの王様だ」

戸惑う帝人を余所に、臨也は生まれて初めて、心の底から微笑んだ。偽りでない、本当の笑顔で。




【麒麟、生涯の王に出会う】



これが出会い。二人の始まりだった。

作品名:麒麟、生涯の王と出会う 作家名:セイカ