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無題

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思い出したようにふと顔を上げてみると、隣を歩いていたはずの土方とはもう随分と距離が生まれていた。冬を連れてくる冷たい秋風に心持背中を丸めて歩く土方は、しかし、沖田を後ろに置いてきたことなど気付きもしないで落ち葉で彩られた道をさくさくと進んでいく。

しばしその背を眺めた後、沖田は再び視線を下へ落とした。

どこぞの有名な紅葉の景色とは全然違う。いつもの巡回路にある街路樹には、名所を彩る木々のように綺麗な赤や黄色に色づいている葉はほとんどなくて、沖田の足元に散らばる枯れ葉も枯れ葉という名の通りただぼやけた薄茶に色褪せている。

足を踏み出すたびに靴の下で音を立てる、かさかさに乾いたその音を聞きながら、砕けていく枯れ葉の行く先を沖田は思った。普段は頭を使わない沖田にしては珍しいことだ。

沖田や、その他この道をゆく人々、そして日毎に冷たくなっていく風に晒されて砂の粒子のように細かく砕けた葉は、土に返り栄養となっていずれはきっと沖田の体にも入るのだろう。
けれど、それには長い長い長い月日がかかる。両手で竹刀を支えて、黒い髪を無造作にくくっている男の背中を睨んでいた沖田が、今こうして、その男と同じ服を着て、同じ道を歩くようになるまでにかかった、その時間の何倍もの時間がかかるのだ。

(途方もないことだ。)

小さく呟いて、沖田は難しい顔をつくったりしてみる。なんだか少し賢くなった気がして、それだけで満足する。

と、沖田のご機嫌に横槍を入れるような不機嫌な声が降って来た。

「───オイ」

のろのろと顔をあげると、ずっと俯いていたせいか少し首の裏が痛んだ。それに僅かだけ顔を顰めたつつ視線を上げた先、目の前には不機嫌を絵に描いたような面をした土方の姿がある。

「どうしたんですかィそんなおっかない面ァして」

まさか指名手配中の輩でも見つけたのかと思って、そういえば自分たちが巡回中であったことを思い出す。落ち葉相手にムツカシイことなど考えていたものだから、足は勝手に歩みを進めるけれども本来の目的はすっかり忘れていた。

土方が足を止めているから、沖田もその場で足を止める。冷たい風に自然と早足になっている人々が、往来の真中で立ち止まった二人を迷惑そうに避けながら進んでいく。

「なんかありやしたかィ」
「じゃねーよ。下ばっか見て歩いてんじゃねえ転ぶぞ」
「そんなに間抜けじゃねーや。それに、あんたには心にゆとりがないからいけない。枯れ葉の絨毯に心ときめかせるくらいの可愛らしさを持ちなせえ」

ほら、歩くとサクサク言いやすぜとその場で足踏みをしてみせるとお前はどこの幼児だと頭を叩かれた。けれど、ついさっき転ぶぞとかなんとか見当違いな心配をしていたのは土方の方じゃないかと沖田は思う。

「どうせお前のことだから、落ち葉で焼き芋でもやろうとか考えてたんだろ」
「お。そりゃあいいや。あんたもたまには冴えてる」

沖田を馬鹿にするつもりがまんまと墓穴を掘ってしまった。土方は、おもいきり顔を顰めて北風に乱された自身の髪を更に掻き乱す。その間にも、沖田の関心はまた足元の枯れ葉に戻っていた。総悟と、呆れて名を呼ぶけれど沖田は応えを返さない。

「……」

一度足を止めてしまったら、いつまでもその場で立ち止まったまま一向に歩きだす気配のない。足元の落ち葉を踏んだり蹴ったり散らかしている沖田に痺れを切らして土方は腕を伸ばした。


不器用な手は沖田の腕を少し乱暴に掴んで引っ張る。


沖田が慌てて顔をあげると、先程まで向き合っていたはずの土方はもう沖田に背を向けていて、後ろ手に沖田の腕を引いてるのだった。
土方は、いきなり腕を取られて少しバランスを崩した沖田のことなどちらりとも振り返ることはしない。ので仕方なく、歩きだした土方のスピードに沖田は黙ってついていく。

自分の腕を取る土方の手を見て、それから腕、肩、背中と目の前の男の体を目でなぞる。先を行く土方を見つめて沖田はそういえばと思った。


そういえば、昔から土方はこうだった。


腕を引かれて歩く幼い沖田のことを振り返ることなんかしない。だから、沖田が少し小走りになって、あわや躓きそうになったりすることにも気付かないし当然歩みを緩めてくれるなんてこともない。でも決して、それが不愉快だったわけじゃないのだ。

お使いのたまごを割って途方にくれていた時、寺子屋で喧嘩をしてうづくまっていた時、土方はいつも沖田の腕をとって引いてくれた。
その手は少し乱暴で、傷心の沖田を気遣う優しさなんか欠片も伝わっては来なかったけれど、立ち止まりそうになる沖田を無理やりにでも歩かせるような厳しい躾方ではあったけれども、素直じゃなくて強がってばかりいた負けず嫌いの自分にはきっと一番正しい接し方だったのだ。

それが、土方が考えてあえて選んだ方法かと聞かれたら、きっと答えは否だろうとは思うけれど。

だって、不器用な土方のことだ。それに、子供のご機嫌の取り方一つも知らなかった唐変朴。だからきっと、泣きそうで泣かない意地っ張りな沖田の腕を取って、顔を見ないようにと背を向けるやり方は、土方にとっての精一杯の構い方だったのだろう。


立ち止まる沖田の背中を押してくれるような優しい言葉も心強い励ましも、決して短くない付き合いの時間の中、土方からもらったことなんか一度もない。彼がしてくれたことと言えば、ただ黙って沖田の腕をひいてくれたことだけだ。


迷いなんかなくて前だけ見て進んで行く。その淀みない歩みについて行くのは大変だった。けれど、それはもうかつての話。昔の話なのだ。

今はもう、そんなことなはい。身長こそまだその差は埋まらないけれど、どこか自信にあふれた揺るぎない足取りで進む土方の隣についていくことは、今や沖田にとっては苦でもなんでもなくて、それどころか当たり前のことになった。

背筋を伸ばして土方の隣に立つ。もう下ばかり見てとろとろ歩くのをやめしっかりと己の隣を付いてくる気配を感じて土方はあっけなく沖田の腕から手を引いてしまった。

あーあ、と思う。隊服越しに温もりは伝わっていたけれど、移るには足りない短い時間。

離れて行った手に物足りなさを感じて、だからポケットへと吸い込まれて入った土方の骨ばった手を追いかけた。いきなり手首を鷲掴みにされポケットから引きずり出された土方の方は驚いた顔をしたけれど、沖田はそんなことには構わない。

指と指をからめるようにぎゅうっと握る。物言いたげな視線を受け流すと溜息が落ちてくる。好きにしろの合図みたいなもんだ。

「ねえねえねえ」
「…あんだよ」
「帰ったら屯所で焼き芋しやしょう。あんたを着火隊長に任命する!」
「は?ンだそれ」
「ライターで火ィつける役でさァ。ありがたく思え」
「あそ」

好きにすればと適当に返答を投げて、会話には興味がないと言わんばかりの曖昧な合槌でも沖田の機嫌を損ねることはない。ただ、冷たい手を握り返して来た手の温かさに沖田は瞳を細める。

作品名:無題 作家名:まや